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2024大河『光る君へ』一条天皇猫「命婦のおとど」溺愛エピソード

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2024年大河ドラマ『光る君へ』のドラマ上では道長の妻である源倫子(黒木華さん)も土御門邸で可愛らしいキジ白の猫ちゃん「小麻呂」を飼っていますが、

主人公・紫式部の上司・藤原彰子と結婚した 一条天皇は猫好き としても有名で、様々なエピソードが残っています。

こちらのページでは一条天皇の猫好きエピソードについてご紹介します。

ちょっとほっこりしたり、え?!と驚いていだだけたらと思います。

 

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『光る君へ』一条天皇とは

まず『一条天皇 懐仁(やすひと)』のプロフィールからご紹介します。

 

生没: 980年7月15日(天元3年6月1日)〜1011年7月25日(寛弘8年6月22日)
地位:第66代天皇
父 :円融天皇
母 :藤原詮子(東三条詮子)
叔父:藤原道隆・藤原道長など
皇后:藤原定子( 藤原道隆の長女)&藤原彰子(藤原道長の長女)

6歳で即位。当時は最年少での即位。
温和で漢文や和歌に通じ、多くの人たちに慕われていた天皇。
父・円融天皇の一粒種である一条天皇を産みながら正妻の座を奪われた母・藤原詮子や、母の弟・藤原道長に気遣いを見せる、優しく体の弱い天皇だったと伝えられています。
従姉妹である藤原定子・藤原彰子を正室に迎えています。
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『光る君へ』平安時代は猫ブーム

その一条天皇の御代の少し前から、平安時代に猫ブームが起こっていたといわれています。

日本では紀元前1世紀頃のカラカミ遺跡から山猫ではなく「家猫」の骨が見つかっており、古代からネズミの駆除などの役に立つ益獣として五穀豊穣のシンボルとされ、縁起のいい動物として人に飼われていたという文献が残っています。

特に「唐猫(からねこ)」と呼ばれる仏教の経典をネズミから守るために大陸から連れてこられた猫と宇多天皇や花山天皇、一条天皇などのエピソードが枕草子や更級日記、今昔物語など文献の中にも記されています。

さらには、源氏物語の中にも猫が出てきます。

光源氏の家である六條院で蹴鞠(けまり)の試合が行われた時に、太政大臣の子息である柏木が偶然逃げ出した愛猫のおかげで、思いを寄せていた女三宮の姿を見つけることができたという描写があります。

(ちなみに柏木は源氏物語の中でかなりのキーマンとなっています)

文献の中の猫にリードのような綱を装着していたという記述から、当時の猫の飼い方は今とは少し違って犬的に扱われていたことががわかります。

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『光る君へ』一条天皇の愛猫「命婦の御許(みょうぶのおとど・みょうぶのおもと)」溺愛エピソード

小見出しにある命婦の御許(みょうぶのおとど・みょうぶのおもと)とは、平安時代の天皇・一条天皇の飼い猫の名前です。

日本で名前の付いた猫として最古の記録が残っています。

エピソード:猫の出産祝いが盛大すぎる一条天皇

 

一条天皇は、飼い猫が子猫を産むと左大臣と右大臣を招き、生まれた夜から9日目まで毎日毎日盛大なお祝いをしたそうです。

「祝いに乗じて飲みたいだけでは?」と感じますが、

当時もその様子について

「全く理解できない」と

藤原実資(ふじわらのさねすけ・ロバート秋山)が自身の日記『小右記』に記しています。

その産まれてきたメスの子猫が”命婦の御許”と名付けられたそうです。

「命婦(みょうぶ)」は従五位下以上の位階を有する女性であり、「御許(おとど・おもと)」は高貴な女性の敬称。

天皇のいる内裏には高い位の身分の者しか入れない決まりだったので、名前と位を与えて内裏に上げ傍に置いていたと清少納言の「枕草子」に書かれています。

当時、宮中では紫式部の仕えていた中宮・藤原定子が出産を控えており、

一方で道長の娘・彰子が女御として入内する直前でした。

定子の出産の予行演習でもしていたのでしょうか?

エピソード:命婦の御許を脅かした者には容赦ない一条天皇


子猫・”命婦の御許”に乳母もつけました。

長保2年(1000年)3月のある日、”命婦の御許”が縁側で昼寝をしていたところ、行儀が悪いと思ったその乳母が犬の翁丸(おきなまる)に「”命婦の御許”を脅かしておやり」とけしかけます。

言いつけどおりに脅かした翁丸に驚き、”命婦の御許”は御簾の中へ逃げてしまいます。

それを知った一条天皇はもちろん激怒!

乳母を外し、翁丸も「犬島(宮中で捕らわれた野犬が送られていた、淀川の中洲の小島)へつかわせ!」と宮中から追い出したエピソードが『枕草子(第七段:上にさぶらふ御猫は)』に残っています。

容赦ない一条天皇。

なお、追放されてしまった翁丸はその後内裏に戻ってきたものの蔵人たちにひどく打たれて追い払われてしまったところを翌日、清少納言によって発見され、藤原定子のもとで保護されたとのこと。

その後、一条天皇は翁丸を許したとされています。

 

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まとめ

現在も猫ブームといわれていますが、平安時代の高貴な方も猫を飼っておられたことがわかります。

一条天皇はふだん温和な方だったそうですが、猫に関してはその愛が溢れていたようで、ほほえましくもあり面白いですね!

大河ドラマ『光る君へ』でも”命婦の御許”はでてくるのでしょうか?

 

楽しみに観てみたいと思います。

 

お読みいただきありがとうございました!

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