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【ネタバレ】2026年大河『豊臣兄弟!』第3話あらすじ「決戦前夜」

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2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』

第3話「 決戦前夜」

あらすじ

をご紹介しています。

お楽しみいただけると幸いです。

※ネタバレ含みます

 

第 1回 1月  4日 |二匹の猿
第 2回 1月11日 |願いの鐘
第 3回 1月18日 |決戦前夜
第 4回 1月25日 |桶狭間!
第 5回 2月  1日 |嘘から出た実
第 6回 2月  8日 |兄弟の絆
第 7回 2月15日 |決死の築城作戦
第 8回 2月22日 |墨俣一夜城
第 9回  3月  1日 |竹中半兵衛という男
第10回 3月  8日|信長上洛

第11回 3月15日 |本圀寺の変
第12回 3月22日 |小谷城の再会
第13回 3月29日 |疑惑の花嫁
第14回 4月  5日 |絶体絶命!
第15回 4月12日 |姉川大合戦
第16回 4月19日 |覚悟の比叡山
第17回 4月26日 |小谷落城

 

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大河ドラマ『豊臣兄弟!』第3話 あらすじ

清須

清須に到着した3人は、浅野長勝(宮川一朗太)の屋敷を訪ねます。

直(白石聖)は長勝の娘・寧々(浜辺美波)の侍女となり、小一郎(仲野太賀)は兄・藤吉郎(池松壮亮)の粗末な借家で暮らすことに。

仇討ち

夜が更けると、藤吉郎は小一郎にある計画を打ち明けます。

それは2人の父・弥右衛門の仇討ち。
藤吉郎の話では、15年前に戦で死んだ弥右衛門は、倒した敵将の首を横取りされ、無念のうちに命を落としたとのこと。
横取りしたのは、城戸小左衛門(加治将樹)。槍の名手です。
強い上に味方である城戸小左衛門を討つためには、戦のどさくさに紛れるしかない。
兄弟はその機会を待つことにしました。

籠城か出陣か

織田信長(小栗旬)は、今川との和睦を破り、両者の国境にあった尾張・鳴海の地を巡って対立を深めていました。

1560年(永禄3年)5月
今川の当主・今川義元(大鶴義丹)が大軍を率いて尾張を目指しているとの知らせが入ります。
およそ2万5000の軍勢に立ち向かうには、先手を打つか、籠城か。
今川義元が蹴鞠に興じる間に清須城では軍議が開かれ、
重臣・佐久間信盛(菅原大吉)、林秀貞(諏訪太朗)、柴田勝家(山口馬木也)、佐久間盛重(金井浩人)らが、意見をぶつけ合います。

みなの話を聞き、

信長
信長

奴の思う壺じゃ。
何もせぬ。

と結論づけた信長は、宴を開くよう命じました。

決戦前夜

その頃、小一郎は戦場で拾ったという刀を兄から渡されますが、縁起が悪いと放り投げます。
2人の話題は、今川との戦について。
藤吉郎は、信長は負けない、と確信を持って答えます。

宴の前。
人質になると話す市(宮崎あおい)に

信長
信長

義元ごときの首と引き換えにするには、お前はもったいない妹よ。

と信長。

宴では、上機嫌な信長とは裏腹に、焦る家臣たち。
今川勢は明日にも沓掛城に入るかもしれないという状況のなか、
佐久間盛重は、梁田政綱(金子岳憲)を呼び、耳打ちをしています。

織田ももはやこれまでじゃ。
これより丸根砦に戻り、頃合いを見て今川に使者を出す。
たんまり手土産を用意しておけ。
やはり家督を継ぐべきは弟の信勝様であったなあ。
うつけはどこまでいってもうつけよ。

草履

籠城となると父の敵が取れないと考えた藤吉郎。
信長に出陣を掛け合おうと清須城主殿を訪ねますが、柴田勝家に追い返されてしまいました。
ふと見ると、土間には草履が。
城戸小左衛門のものだと思った藤吉郎は、これを盗もうと考えます。止める小一郎ともみ合っているうちに、信長が現れます。

信長
信長

ここにあったわしの草履を知らんか?

藤吉郎
藤吉郎

温めておきました

季節は初夏。
懐から出された草履を見た信長は、盗もうとしたのかと疑います。

小一郎
小一郎

間もなく雨が降りまする。
濡れてはいけないと思いまして。手前どもは長年百姓をしておりましたゆえ、わかるのです。
トンビがいつもより低いところを飛んでおります。

晴れた空を見上げ、面白そうに笑い、去っていこうとする信長。

藤吉郎は、信長を呼び止め、出陣をしないのかと尋ねます。が、逆に勝つ方法を信長から問われ、押し黙ってしまいました。

小一郎
小一郎

勝つすべなどないかと…ですが、負けぬことならばできるかもしれません。和睦なされませ。

この小一郎の言葉に、信長激昂。

信長
信長

たわけが!!!

小一郎を殴りつけ、言い放ちます。

信長
信長

あらゆる手を尽くし、考えに考え抜き、やれるだけのことをやった上で出した答えならば、それも認めよう。
だが、そちの言葉は軽すぎる。
たとえ負けるとわかっていても、命をかけて戦わねばならぬことがある。それが侍じゃ。志のないものは失せよ。

小一郎はその場を去り、父の木彫りのお守りを身につけた城戸小左衛門に絡みます。

雨が降り出しました。
信長は天を見上げます。

小一郎は、信長の言葉を受け、村に帰ろうとしますが、直は

あんたは利口だから、勝てない相手には最初から負けを認めるようになった。
負けたくないって負けるよりも、そっちの方が傷つかないからね。
そうやって格好つけてるだけ。
本当はでらあ悔しい癖して。
だから身分が低くても、そこからはい上がれるお侍になって見返したかったんでしょ。
あんたは下克上に魅せられたんじゃ。
それなら今戦わなくて、いつ戦うんじゃ。
あんたが侍になったんは、あんた自身のためでしょ。

と励まします。

いざ、出陣

夜、今川配下の松平元康(後の徳川家康:松下洸平)が今川義元の命により大高城へ兵糧を入れ、続いて丸根砦、鷲津砦へも攻めかかったとの報せ。

信長
信長

出陣じゃ…!

雨が上がり、澄んだ夜空に月が輝いています。

足軽たちと出陣の支度をする藤吉郎の前に、小一郎が現れました。
甲冑を着け、腰には藤吉郎が渡した刀が下げられています。
兄を見据えるその瞳には、覚悟が湛えられています。

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清州城(きよすじょう)

清州城は、織田信長が天下統一の第一歩を踏み出したことで有名な、愛知県清須市(旧清洲町)のお城です。

室町時代に築かれ、尾張国の中心地として栄えましたが、徳川家康による「清洲越し(名古屋城築城に伴う移転)」により廃城。
現在は復元された天守閣(模擬天守)があり、史料館として戦国時代の歴史や信長ゆかりの展示、火縄銃体験などが楽しめます。

織田信長の没後に行われた織田家の今後についての話し合いである「清洲会議」(きよすかいぎ)の舞台となった場所としても有名ですね。

清州城の歴史と特徴

・築城
1405年(応永12年)
斯波義重が築城し、後に尾張の中心地(守護所)となりました。

・天下統一の拠点
1555年(弘治元年)
織田信長の入城後は、清洲城から出陣した「桶狭間の戦い」により、天下取りの出発点と位置づけられています。

・清洲会議の舞台
1582年(天正10年)
「本能寺の変」後、織田信長の家督相続を決めた「清洲会議」もこの城で行われました。代表的な出席者は、「柴田勝家」や「丹羽長秀」(にわながひで)、「池田恒興」(いけだつねおき)、そして「羽柴秀吉」(のちの豊臣秀吉)の4人が挙げられます。

・清洲越し
1610年(慶長15年)
徳川家康の名古屋城築城のため、城下町の機能が名古屋へ移転し、清洲城は廃城。建材は名古屋城に転用されました。

現在の清洲城|アクセス

金色に輝く鯱を屋根にいただく清州城の天主閣は、御殿の内部に「黒木書院」「芸能の間」があります。

五条川に架かる赤い「大手橋」とともに、清須市のシンボルとなっています。

模擬天守
1989年(平成元年)に再建された鉄筋コンクリート造の4層の天守閣があります。
天守閣内では、清洲の歴史、信長、清洲会議、戦国時代の文化などを学べます。

火縄銃体験
火縄銃体験や甲冑の試着も可能で、戦国時代を体感できます。

周辺は桜の名所
五条川の桜並木や信長・濃姫像などもあり、散策も楽しめます。

 アクセス
名鉄 新川橋駅から徒歩5分
JR 枇杷島駅から徒歩15分
名古屋第二環状道 清洲東ICから車で7分など

住所
〒492-8350 愛知県清須市清洲40-1(清洲公園内)

 

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