2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
第2話「願いの鐘 」
あらすじ
をご紹介しています。
お楽しみいただけると幸いです。
※ネタバレ含みます
第 1回 1月 4日 |二匹の猿
第 2回 1月11日 |願いの鐘
第 3回 1月18日 |決戦前夜
第 4回 1月25日 |桶狭間!
第 5回 2月 1日 |嘘から出た実
第 6回 2月 8日 |兄弟の絆
第 7回 2月15日 |決死の築城作戦
第 8回 2月22日 |墨俣一夜城
第 9回 3月 1日 |竹中半兵衛という男
第10回 3月 8日|信長上洛
第11回 3月15日 |本圀寺の変
第12回 3月22日 |小谷城の再会
第13回 3月29日 |疑惑の花嫁
第14回 4月 5日 |絶体絶命!
第15回 4月12日 |姉川大合戦
第16回 4月19日 |覚悟の比叡山
第17回 4月26日 |小谷落城
第18回 5月 3日 |
第19回 5月10日 |
第20回 5月17日 |
第21回 5月24日 |
第22回 5月31日 |
第23回 6月 7日 |
第24回 6月14日 |
第25回 6月21日 |
第26回 6月28日 |
第27回 7月 5日 |
第28回 7月12日 |
第29回 7月19日 |
第30回 7月26日 |
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第2話 あらすじ

市の憂い
織田伊勢守信賢の居城である岩倉城攻めを目前に控える織田信長(小栗旬)。

わしが目指すは見せかけではない!
まことの尾張一統じゃ!
信長は、信賢からの降伏の申し出に応じず、岩倉城下に火を放ち町を焼き払えと家臣に命じています。
信長の妹・市(宮﨑あおい)は、信賢が裏で駿河を本拠地とする大名の今川義元と通じ、いずれ尾張すべてを手に入れようと目論んでいるのではと考えていました。
信長は、その話を戦の支度を整えながら聞いています。

たとえわずかでも不安な種を残すわけにはいかぬ。
肝心なのはただ勝つことではなく、勝った後をどう治めるかじゃ。
誰にも抗えぬゆるがぬ力を示さなにはならぬ。
不思議な鐘
留守を命じられた藤吉郎(池松壮亮)は、市に呼び出され、面白い話をするよう頼まれました。そこで藤吉郎は、幼い頃に母から聞かされた願いを叶える「不思議な鐘」の話を語って聞かせます。

昔々、あちこち村を荒らす悪党がおって、そりゃあみんな苦しんでおったそうでございます。
ある日それを憂いた和尚が村の安寧を願って鐘を鳴らすと、鐘の中から1枚の銭が落ちてきました。一度鳴らすと1枚。二度鳴らすと2枚。
和尚は毎日その銭を少しずつ貯めて、村のために使おうとしたそうにございます。
ところがある時、寺に隠れていた悪党にそれを見られてしまいました。
悪党は和尚を殺して鐘を鳴らしました。
しかし、いくら鳴らしても銭は1枚たりとも落ちてきません。
悪党はムキになっ鐘を鳴らし続けました。
するとその音を聞いて駆けつけた追手に捕まり、ついに討ち取られたのでございます。
村人たちは和尚が残した銭で豊かに暮らせるようになったそうな。
それ以来その鐘を鳴らすと村からは争いが消え、その後ずっと安泰であったということでござります。
話を聞き、退屈なのではなく、本当は苦しいのだと打ち明けた市。

戦に出た兄上を心配したことなど一度もない。
必ず勝たれると信じているからの。
ただなぜか苦しいのじゃ。私が今苦しいのは、多分兄上が苦しいからじゃ。
岩倉城攻め
岩倉城攻めは成功。
信賢は城を捨てて逃げ出しました。
城下は焼け野原と化し、多くの人達が傷つきさまよっています。勝利に沸く軍勢のなか、信長は岩倉城を見つめます。
直の祝言
直(白石聖)の祝言の日の中村。
家族が直の晴れ姿を見に坂井の屋敷に出向くなか、小一郎は一人家に残っていました。
そこへ突然現れた直。
逃げ出してきた直は、小一郎に一緒に村を出ようと誘います。
動揺する小一郎。
無力
そこへとも(宮澤エマ)が戻ってきて、坂井の屋敷に祝儀目当ての野盗が襲ってきたことを告げました。
屋敷では直の婿が真っ先に逃げ出しました。
小一郎は、野盗の頭を裏の敷地に誘い込み孤立させて村人たちに襲わせ、野盗を追い払います。
が、今度は鉄砲の音とともに野武士達が暴れ始めました。野武士達が村人たちを見境なく襲い、略奪していくなか、小一郎は直と古井戸に身を潜めることしかできません。
やり場のない怒り
ようやく鎮まった村に、源太(高尾悠希)が泣く姿がありました。
源太の前には信吉(若林時英)の変わり果てた姿が。
信吉の亡骸を見つめる小一郎に、悔しさと惨めさが込み上げてきます。

なんなんじゃこれは…
わしらが何をした!!
決心

これが、この世じゃ!!
声に振り返ると藤吉郎の姿が。
小一郎に呼ばれた気がしたと話す藤吉郎に、小一郎は怒りをぶつけます。

兄者など呼んどらんわ!役に立たん足軽なんか!
信長も信長じゃ…偉そうなこと言うて、わしらのことを守ってはくれんじゃないか!わしらが米を作らなにゃ生きていけんくせに…
これじゃあまりにも惨めじゃ…

行こう、わしと一緒に。
侍になれ!小一郎!
悩む小一郎に、母・なかは、小一郎が高熱を出した時に飲ませた薬は、藤吉郎が仏画を売って作ったお金だったと明かし、今度は藤吉郎を守るよう告げました。
小一郎は心を決めました。
門出
昇る太陽を指し、なかが兄弟に言いました。
「あんたらは、あのお天道様みたいにおなり。」
こうして小一郎は直を連れ、兄とともに清須へ向かいます。
姉・ともが
「8年前、小一郎の薬代は確かここの和尚さんが用立ててくれたんじゃなかったい?」
と尋ねると、母は人のために自分を押し殺す小一郎を思っての嘘だと明かしました。
母と姉妹は、願いを込めて寺の鐘を鳴らします。
願いを叶える「不思議な鐘」の音は、兄弟の耳にも届いていました。
高田寺(こうでんじ)

高田寺「銭が出る鐘」伝説
愛知県北名古屋市(旧・師勝町)の高田寺(こうでんじ)には、「銭が出る鐘」という伝説が伝わっています。
伝説の内容は、悪党を憂いた和尚が村の平和を願って鐘を突くと、一打ごとに一文の銭が落ちてきたことを知った欲深い悪党が和尚を殺して鐘を突きますが、銭は出ず、逆に鐘の音で自分の居場所を知らせることになり、最期を迎えるというもの。
現在の高田寺|アクセス
現在、高田寺では、この伝説にちなみ、毎年8月6日の広島原爆の日に合わせて「平和の鐘」を鳴らす行事が行われています。
争いを鎮めたとされる伝説の鐘の音に、現代の世界平和への願いを重ねて受け継がれているのですね。
アクセス
名鉄犬山線 西春駅から名古屋空港行きバス「高田寺北」下車すぐ
住所
〒481-0011 愛知県北名古屋市高田寺屋敷383
岩倉城(いわくらじょう)
愛知県岩倉市の岩倉城は、戦国時代に尾張国を二分した「尾張織田氏」の一方の拠点となった重要な平城です。
現在は城の遺構はほとんど残っておらず、城跡公園として整備され、石碑が建っているのみです。
岩倉城の歴史と特徴
・築城
1479年(文明11年)頃に、尾張守護代「織田伊勢守家」(岩倉織田氏)の当主であった織田敏広によって築城されたとされています。
・支配拠点
岩倉城は尾張の上四郡(北半分)を支配する拠点となり、下四郡(南半分)を支配した清洲城の織田大和守家(清洲織田氏、織田信長の家系)と対抗関係にありました。
・城の構造
五条川を天然の堀として利用した平城で、東西約90メートル、南北約170メートルの規模を持ち、二重の堀と望楼を備えていたと推測されています。
・落城
1558年(永禄元年)
「浮野の戦い」で、岩倉城主の織田信賢は織田信長に敗れました。
1559年(永禄2年)
信長による籠城戦の末に岩倉城は落城し、廃城となります。
この落城をもって、信長による尾張統一が達成されたことになります。
現在の岩倉城|アクセス
現在、城の建物は残っていませんが、岩倉市下本町城址の地に「岩倉城址」「織田伊勢守城址」の石碑と案内板が設置されており、城跡公園として市民に親しまれています。
また、岩倉城は後の土佐藩主・山内一豊の生誕地としても知られています。一豊の父である山内盛豊は岩倉織田家の家老を務めていましたが、岩倉城の籠城戦で討死しました。
城跡の北には「山内一豊公誕生地」の石碑も建立されています。
アクセス
名鉄犬山線 岩倉駅から徒歩15分
住所
〒482-0005 愛知県岩倉市下本町城址121

