朝ドラ『風、薫る』
第25週(121話、122話、123話、124話、125話)
「風媒花(ふうばいか)」
あらすじをご紹介いたします。
予習をして『風、薫る』をもっと深く楽しみたい方
『風、薫る』を観る時間のない方
あらすじだけ知りたい方
そんなみなさまのお役に立てましたら、幸いです。
朝ドラ『風、薫る』第25週(121話、122話、123話、124話、125話)放送日

朝ドラ『風、薫る』第25週(121~125話)放送日は
2026年9月14日(月)〜2026年9月18日(金)
です。
朝ドラ『風、薫る』第25週(121話)あらすじ

衛生局の柳生から連絡が入り、直美は固唾をのんで派出看護会の調査報告に耳を傾けています。

職業は情熱でははかれない。
近いうちに東京府で、看護婦の規則が制定される見通しだということですが、直美には懸念点が残っていました。
ツヤの決意
そんなある日のこと、恵風看護婦会の扉を押し開ける音が響きます。「ごめんください」——どこか聞き覚えのある、芯のある声でした。
そこに立っていたのは、かつて帝都医大病院の過酷な現場でともに戦い、看護の道を志しながらも半ばで涙をのんだ看病婦、三浦ツヤでした。

どうしても諦められなくて…。私を、ここで看護婦として雇っていただけませんか。
ナイチンゲールの『Notes on Nursing』を読むのに11年掛かったと、まっすぐに前を見つめるツヤの瞳には、決して揺らぐことのない強い決意が宿っていました。
看護婦育成へ
指定の養成所で学んだトレインドナースだけを派遣していた恵風看護婦会と、どう折り合いをつけていくのか。
「どこで学ぶかではなく、何を学ぶか。」
『Notes on Nursing』のツヤの書き込み。
その気迫に心を揺さぶられたりんと直美は、ツヤの熱意を受け止め、今度こそ一人前の看護婦へと育て上げることを固く心に誓います。
朝ドラ『風、薫る』第25週(122話)あらすじ
ツヤの努力
新たな仲間の参入により、恵風看護婦会はにわかに活気づきます。
りんと直美、しのぶは、ツヤを本物の看護婦に育て上げるべく、手取り足取り看護の知識を叩き込んでいきました。
りんは、帝都医大の時に2人の看護婦見習いを辞めさせてしまった失敗を思い出し、自身に不安を覚えますが、ツヤの執念も凄まじいものでした。
虎太郎を捕まえては、薬の効能や扱いについて質問を浴びせ、必死に知識を吸収していきます。
ツヤ、現場へ
3ヶ月間、寸暇を惜しんで学ぶその姿を見届けた直美は、ついに満足げに頷きました。

来週から実習。それが終わったら看護婦として働いてもらうけどいい?
ところが、ツヤは直美ではなくりんを指名。
りんはこれを受け入れ、ともに男爵夫人の看護にあたります。
りんの看護
食事の前に手を温め、窓を開ける。
それは、その人らしい暮らしを支え、前向きな気持ちになってもらうための行動でした。
きめ細やかなりんの看護と心遣いに、改めて学ぶツヤ。
約束
りんはツヤに、辛い時は辛いといってほしいと話し、

必ず助けますから。
と約束を交わします。
朝ドラ『風、薫る』第25週(123話)あらすじ
「東京府看護婦規則」
時を同じくして、時代の大きな波が彼女たちの足元へ刻一刻と迫りつつありました。
「東京府看護婦規則」の制定です。
ですが、掲示されたその内容は次の内容でした。
・学科試験・実地試験を経て合格した者
・二年以上働いていると医者に証明された看護婦
帝都医大は証明書を発行てもらえないツヤ。
知識のない看護婦にも金を払い医者に証明書を発行してもらうと話す、寛太。
納得のいかないりんと直美は、怒りと焦燥感を胸に、すぐさま衛生局の柳生のもとへと直談判に走りました。

「二年働いた者や免状を許可する」とありますが、これでは看護の知識がない者にも看護婦の免状が下りてしまうのではないですか?

想定内だ。多少の犠牲は仕方ないものと受け入れてくれたまえ。
この時代の女性は、まだまだ読み書きができない状況でした。
ヒデとの再会
りんと直美と入れ替わりに柳生のもとを訪れたのは、ツヤを守れなかったりんに失望して帝都医大病院を辞めた、ヒデでした。
ヒデは3回の試験を経て医者になっており、陳情書を持ってきたのです。
当時のことを謝罪するヒデ。

柳生さんが発出看護の実態調査を熱心にしてるっていう話は私も耳にはしてたんですけど、まあ、柳生さん、公衆衛生に関してはいつも熱心ですしね。
奥様のこともあるし。
看護の依頼
激動の予感が漂うなか、さらに恵風看護婦会へ、帝都医大病院から派出看護の緊急依頼が舞い込みます。
患者はシマケンでした。
朝ドラ『風、薫る』第25週(124話)あらすじ
シマケンの病気
緊迫感のなか、りんと直美は胃がんの大手術を終えたばかりのシマケンの看護にあたっています。
死線をさまようような手術を、シマケンがあえて受け入れた裏には、切実な理由がありました。
セツの決意
そんな命の現場を目の当たりにした魚住セツが突然、訴え出ます。

私も、看護婦になりたい
看護婦養成所
その言葉に、りんと直美の胸に炎が灯ります。
ここで立ち止まってはいられない。
自分たちの手で、未来の看護婦を育てる「看護婦養成所」を作ろう——新たな夢が産声を上げた瞬間でした。
朝ドラ『風、薫る』第25週(125話)あらすじ
シマケンの容体
ふたたびシマケンのもとを訪れたりん。
昼夜を問わない懸命な看護を続けますが、シマケンの衰弱は激しく、体調は一向に改善の兆しを見せませんでした。
重苦しい空気のなか、往診に訪れた医師の藤田が、厳しい表情で残酷な現実を告げます。

経過次第では……覚悟をしておいてください。
風媒花とは、虫や鳥などの動物を介さず、風の力で花粉を飛ばして受粉する花のこと。花びらが小さく地味で、よい香りや蜜がなく目立ちませんが、風に乗りやすいよう、軽くてサラサラした花粉を多く作ります。
この言葉から
「運命を流れに任せる生き方」
「見返りを求めず届くかわからない不確実な想い」
「地味でも確かな生命力」
「触れ合わない関係性」
などをイメージすることができます。
大きな存在であったシマケンの回復を祈る「届くかわからない切ない祈り」ともリンクしているかもしれません。
日清戦争が始まり看護婦の需要が増す世の中では、十分な教育を受けずに「看護婦」を名乗る者が乱立し、質の低下が深刻な問題になっていました。
それを憂いた大関和さんは、1896年(明治29年)看護婦の資格制度を求め内務省に直訴したうえ、講師として後進の育成にも励みます。
この直談判がきっかけとなり、4年後の1900年(明治33年)に日本初の公的な看護婦資格制度である「東京府布令 看護婦規則」が制定されました。
これが、のちに全国統一の「看護婦規則(1915年)」へと繋がっていきます。
| 登場人物と実在モデル |
| 大関和|一ノ瀬りんモデル |
| 大関和の家族・子孫 |
| 鈴木雅|大家直美モデル |
| 大関弾右衛門|一ノ瀬信右衛門モデル |
| 大関哲|一ノ瀬美津モデル |
| 大関釛|一ノ瀬安モデル |
| 大関復彦|大関和の弟 |
| 大関六郎|大関和の一人息子 |
| 大関心|一ノ瀬環モデル |
| 大関一郎|大関和の孫 |
| 大山捨松 |
| 木下尚江|横沢公介・シマケンモデル |
| 瀬尾原始|黒川勝治モデル |

