朝ドラ『風、薫る』
第22週(106話、107話、108話、109話、110話)
「明るい未来」
あらすじをご紹介いたします。
予習をして『風、薫る』をもっと深く楽しみたい方
『風、薫る』を観る時間のない方
あらすじだけ知りたい方
そんなみなさまのお役に立てましたら、幸いです。
朝ドラ『風、薫る』第22週(106話、107話、108話、109話、110話)放送日

朝ドラ『風、薫る』第22週(106~110話)放送日は
2026年8月24日(月)〜2026年8月28日(金)
です。
朝ドラ『風、薫る』第22週(106話)あらすじ

直美の妊娠
日清戦争の火ぶたが切って落とされ、連戦連勝のニュースに国中が湧くなか、体調の優れない直美にりんは言いました。

ちゃんと来てる?お月のもの。
もしかして赤ちゃんじゃない?
ただ、直美は多忙な小川に言い出すことができません。
多江の手紙
そんななか、前線の拠点・広島の陸軍病院で働く多江から一通の手紙が舞い込みます。
そこに綴られていたのは、次々と運び込まれる負傷兵たちの手当てに苦慮している様子でした。
女とみだりに話してはならぬ!と声を荒らげられたり、多江のことをよく思わない患者が地元の新聞に看護婦について投書をし、「看病にて触れ合ひて生じる恋情」という記事になったり。

腹が立つ⋯
妊娠の報せ
母親になることに不安を覚える直美は、小川に出征の時期を尋ねます。

吾郎さんが行く前に産みたいなって思って⋯赤ちゃん。

よかった、直美がうれしそうで⋯!

良い母親になれるかわからないから一緒によろしくね。
夫の小川は胸を躍らせ、名前を考えます。
朝ドラ『風、薫る』第22週(107話)あらすじ
大山捨松の慰問
恵風看護婦会を訪ねた大山捨松。
捨松は労咳に罹った夫と先妻の子を別棟で看護したことで、「継子いじめ」だと世間から噂されていると打ち明けます。
「看病にて触れ合ひて生じる恋情」の記事を読むと、多江のいる広島の予備医院を慰問します。
看護婦と話すことを上官から咎められるため、痛みや体調不良を訴えられない患者。そこで捨松は、自ら患者の脈を取って言いました。

看護婦の仕事を妨げることはお国のため、傷を折った正平の命を軽んじること。ひいては、この国の国力そのものを落とすことになると、どうか心得てください。
多江には

That is nursing.(それが看護です)
と励まします。
日清戦争では陸軍大将・第二軍司令官、日露戦争では元帥陸軍大将・満州軍総司令官を務めた大山巌を夫に持つ大山捨松さん。
1887年(明治20年)27歳
「日本赤十字篤志婦人会」の発起人となり、日清・日露戦争の最中には、参謀総長として国運を背負う夫を銃後から支えます。
自ら日赤の看護婦として戦傷者の介抱にあたる傍ら、夫人たちを動員して包帯作りに励むなど、資格と立場を最大限に活かして奔走しました。
朝ドラ『風、薫る』第22週(108話)あらすじ
名付け
小川は、出征を間近にして懸命に名前を考えますが、直美はその話を避け続けます。

私、1人でこの子産むの?

⋯すまない。
小川の「1人にしない」という言葉で結婚を決意したのだと訴える直美。小川は直美を抱きしめ言いました。

名前、一緒に考えよう

帰ってこなかったら許さないから。すっごく怒るから。
手柄なんか一つもいらないから、早く戻ってきて。ご飯作って。
出世もしなくていい。私が働く。
頼りになるんだから。
小川はお腹に話しかけます。

お前のお母さん頼りになるな。
強くてピリッとして明るくて⋯
そこで小川は、名前を思いつきます。
男でも女でも「明(あきら)」。

明るいことはいいことだろう。
明るいがつくと楽しくなる。
明るいボタン付け

明るい軍曹さん

明るい看護婦、明るい赤ちゃん、明るいお漏らし。
笑い合う2人。

明るい夜泣き

明るい父親、明るい母親、明るい家、明るい未来。
明と3人でどんな時も明るく暮らしていきたい。
出征命令
年が明けた3月
そんな小川のもとに出征命令が届きました。
直美はまた一ノ瀬家のもとで暮らすことになりました。
出征を見送る直美。
鈴木雅さんが派出看護婦会を立ち上げたのは、夫・鈴木良光さんの看取りに後悔が残ったからだと言われています。その遺産や恩給を元手に「派出看護婦会」を設立したということです。
朝ドラ『風、薫る』第22週(109話)あらすじ
小川の死
小川が出征して一ヶ月。
一ノ瀬家に直美の息子・明が加わり、日清戦争が終わりました。
近衛師団の一員として台湾に渡った小川に手紙を書く直美。
そんななか、多江の働く広島の陸軍予備病院にある患者が運ばれてきました。
それは、台湾での戦闘中に岩場から転落して足を負傷した小川でした。
ある朝、直美のもとに小川の訃報と遺品が届きます。
直美は涙を見せず、ぼんやりと明をあやします。

戦争終わったのに死んじゃうなんてある?そんなこと。
あるか。吾郎さんらしい。
遺品は、軍服でした。
直美は、産後早々に仕事に復帰することに。
そこへ、広島から多江が訪ねてきました。
朝ドラ『風、薫る』第22週(110話)あらすじ
小川の最期
多江は、陸軍予備病院に到着した小川に脚気の症状が出ていたと最期の様子を伝えます。
軍服の釦が取れると直美が文句を言いながら付けてくれるのが好きで、つい引っ張ってしまう言い、苦しくても明るく振る舞う小川。
ですが、翌日には症状は悪化。
意識が朦朧としながら多江に釦を渡して言いました。

直美⋯ごめん⋯飯作れそうもない⋯はあ⋯怒られそうだ。
ピリッとして⋯優しくて⋯寂しがりの⋯お母さんかあ
会いたかったなあ⋯直美⋯
その後、意識を失いその夜に息を引き取ります。
軍服の釦
直美はりんに促され、軍服に釦を縫い付けながら、声をあげて泣きました。
風の音とともに小川の姿が現れます。
取れた釦を見せる小川。
笑顔になる直美。
いつしか小川の姿は消えています。
直美は、りんの抱いていた明を受け取り「ただいま」と言いました。

おかえり

ただいま
鈴木雅さん(直美モデル)の結婚は、大関和さん(りんモデル)と出会う前、
1878年(明治11年)20歳の頃でした。
父親と同じく静岡県の士族の家系である鈴木良光さんと結婚。
良光さんは陸軍の歩兵少佐を務めており、1877年(明治10年)に起きた西南戦争では大隊長として輝かしい武功を立てた人物でした。長女と長男を授かりますが、良光さんは西南戦争で負った脚の銃創が原因で体調を崩し、1883年(明治16年)に仙台の陸軍病院で帰らぬ人となってしまいます。
こうして鈴木雅さんは、26歳という若さで、4歳と2歳という幼い二人の子どもを育てるシングルマザーとなりました。
夫が亡くなったとき、「自分がもっとしっかりとした看病をしてあげられていれば」と、強い悔しさを抱いたそうです。この痛切な経験こそが、鈴木雅さんが看護の道を歩むきっかけとなったそうです。
| 登場人物と実在モデル |
| 大関和|一ノ瀬りんモデル |
| 大関和の家族・子孫 |
| 鈴木雅|大家直美モデル |
| 大関弾右衛門|一ノ瀬信右衛門モデル |
| 大関哲|一ノ瀬美津モデル |
| 大関釛|一ノ瀬安モデル |
| 大関復彦|大関和の弟 |
| 大関六郎|大関和の一人息子 |
| 大関心|一ノ瀬環モデル |
| 大関一郎|大関和の孫 |
| 大山捨松 |
| 木下尚江|横沢公介・シマケンモデル |
| 瀬尾原始|黒川勝治モデル |
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