佐伯リュウさんは、宇野千代さんにとって14歳差の継母です。
リュウさんの温かさに包まれ育った子供時代は、宇野千代さんの慈悲深さに影響を与えたと考えられます。
こちらでは、宇野千代さんの継母・宇野リュウさんについてご紹介いたします。

「葉野リョウ」とモデル「宇野リュウ」の共通点
キャスト:国仲涼子
珠の継母で、清治の後妻。
「葉野リョウ」モデル「宇野リュウ」とは
宇野リュウ(旧姓佐伯)
1883年(明治16年)5月26日〜1951年(昭和26年)
宇野リュウは、宇野千代の父俊次の後妻であり、実母を早くに亡くした幼少期の千代に対して温かい愛情を注ぎ、その優しさと誠実な人柄で千代から終生「本当の母」のように慕われた人物です。
家柄
山口県玖珂郡川下村(岩国市川下周辺)佐伯 順一郎さんミヱさんの四女として生を受けたリュウさん。
実家があった「玖珂郡川下村」は、現在の岩国錦帯橋空港や岩国基地の周辺にあたります。当時は今津川と門前川に挟まれたデルタ地帯で、主に農業や漁業が盛んな非常にのどかな農村地域でした。
宇野千代の継母・リュウ|母として
宇野千代との絆
リュウさんが千代さんの父・宇野俊次さんと結婚したのは、17歳。この時、俊次さんは45歳でした。
5人の子供をもうけても、先妻の娘に悲しいをさせることはありません。
たとえば、到来物のおはぎを見ると、弟妹たちは早く食べたいと言って、母にせがむ。このとき、私がその場に居合わせなかったときなど、「まァお待ちい。姉さまがお戻りてから分けてあげるけえ」と言って、弟妹たちを待たせる。あの、芝居などで見る継子いじめの反対なのであった。
(引用『生きて行く私』宇野千代)
リュウさんがいかに千代さんを第一に考えていたかがうかがええます。
実の子以上に尊重して育てられた千代さんは、14歳差のリュウさんを実母だと信じて育ちました。
そんな若き賢母・リュウさんは、夫に耐えかね実家に帰っていくこともありました。すると、千代さんが泣いて家まで追いかけ、いっそう母娘の絆を深めたとのこと。
14歳になった宇野千代さんが血の繋がりがないと気づいてからも、母娘の関係は変わりませんでした。
私はあの母が自分にとっては生母でないと知りながら、そのままの母を愛していたのであった。
(引用『生きて行く私』宇野千代)
夫・俊次さんが亡くなり家が困窮した際には、リュウさんが千代さんの学費のために糸とり工場へ働きに出ましたし、千代さんも卒業後に代用教員の職に就いた際には月給の8円をそのまま母に渡して自分は粗末なご飯を食べ、家計を支えていたそうです。
千代さんが上京した後、リュウさんは岩国で子供たちを育て上げました。
千代の夫たちとの交流
リュウさんは、千代さんの配偶者とも交流がありました。
宇野千代さんは、1926年(昭和元年)に半年間、岩国の新港に夫・尾﨑士郎さんと滞在しています。
それは初恋が破れ京城行きの船に乗った場所でもあり、藤村忠さんを頼り京都へ発った場所。リュウさんがいつも見送ってくれた思い出の場所でした。
尾﨑と一緒に私の田舎へ出掛けて行ったのは、或る年の夏であった。(中略)新港。ここは私が一度となく、故郷を捨てて出奔した、その港であった。(中略)ここに私たちのいる間に、母も弟妹たちもたびたびやって来た。「何ちゅう尾﨑さんはええお人じゃろう」と言って、母が嘆声をあげた。
(引用『生きて行く私』宇野千代)
また、千代さんのパートナー東郷青児さんの息子・東郷志馬さんは、小学生の夏休みにリュウさんが一人で住む岩国の家に一人で泊まりに行き、絵を描いたり錦帯橋の自由研究をしながらリュウさんと一夏を過ごした思い出を語っておられます。(「「小母さん」が授業参観にやってきた」東郷志馬)
晩年
岩国に住んでいたリュウさんは、娘に体調不良の話をしました。
どうも、体の具合が悪い、と言って来たので、私が迎えに行き、青山の家へつれて来た。東大病院で診て貰ったら、胃癌の末期と言うことであった。
(引用『生きて行く私』宇野千代)
胃癌を患っていたリュウさんは、千代さんの青山の自宅で千代さんや次女・勝子さんに看病されることに。
1951年(昭和26年)68歳で亡くなる直前まで
「川西の通りを歩くと、うちの家が一番傷んでいるとみんなが言っているようだ」
と、古い生家の行く末をずっと心配されていたそうです。
その思いを継いだ宇野千代さんは、リュウさんの没後に私財を投じて生家を昔のままの姿へと修復・復元させています。
宇野千代さんが少しずつ書き溜めていた『おはん』を刊行したのは没後7年経った頃でした。
小説への影響
リュウさんの「控えめで、耐え忍びながらも、深い愛情を持つ大和撫子」のような姿が、名作『おはん』のヒロインの造型に大きな影響を与えたといわれています。
【参考文献】
『生きて行く私』角川書店
『おはん・風の音』中央公論社
『残つてゐる話』集英社


