2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
第36話「姫若子と鬼若子」
あらすじ
をご紹介しています。
お楽しみいただけると幸いです。
※ネタバレ含みます
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第36話 あらすじ

人質・於義伊
織田信雄との電撃的な和睦により、秀吉と徳川家康の激しい戦いは、ひとまず終息を迎えます。
小牧・長久手の戦いの後、徳川方の人質が大坂城に送られてきました。
庶子ではあるものの家康の子として送られたのは、少年・於義伊。
事を構えるつもりはないと、家康からの伝言を伝えます。
その頃、家康は来たるべき時を待っていました。

示しが付けばそれで良いのじゃ。
これで羽柴は我らにつられて反旗を翻した者たちを討伐せねばならぬ。紀州、越中、四国。疲弊は免れぬ。
仕留めるのはその時じゃ
鬼若子
家康の読み通り、四国を手に入れるべく動く兄弟。
阿波・白地城では、四国一統の悲願に燃える長宗我部元親(磯部寛之)が、秀吉からの「阿波・讃岐・伊予を返上せよ」との書状に激怒。

かつて信長に言われたことがある。
お前は所詮、鳥なき里のコウモリじゃと。
強がっておれるがは、大きな鳥がおらんこの四国の中だけじゃと。
織田の次は羽柴か。
まっことでかい鳥ばっかりじゃのう。
阿波と讃岐を差し出す代わり、伊予と土佐をと返事をしたためます。
対して秀長。

伊予は渡せぬ。
毛利が伊予を領有することを条件に、羽柴方に味方するという約束だったからです。

長宗我部とは一戦を交えるよりほかに道はない。
「四国攻め」総大将
秀吉から「四国攻め」の総大将に抜擢された秀長。
その前に立ちはだかったのは、「天然の要害」と呼ばれる四国の険しい地形でした。
秀長は、その圧倒的な兵力を生かした策を練り上げます。
それは、敵に的を絞らせないよう1000艘もの船を瀬戸内海に配備し、一気に攻め込むという前代未聞の大規模作戦でした。
元船奉行の羽柴家家臣・吉川平助に船をかき集めさせ、自らの家臣たちには紀州の木を切り出させて船を造らせるなど、秀長は着々と準備を進めます。
「関白」という野望
一方その裏で、秀吉は自身の野望に関わる「ある重大な目的」を果たすため、京の都へと向かっていました。
妙顕寺城にて、千宗易(利休)に口添えを頼んで面会した相手は、近衛家の前当主・近衛龍山(前久)です。
百姓出身と言われる秀吉には、征夷大将軍になるために必要な「源氏の血統」がありません。
そこで秀吉が狙ったのは、朝廷において帝に次ぐ最高位である「関白」の座でした。
公家の最高峰である近衛前久の猶子(養子のような形)となり、藤原氏の血筋という形式を得ることで、関白に就任しようと考えたのです。
しかし、近衛前久はこれをにべもなく断ります。
すると、秀吉は言い放ちます。

よろしいのですか。
このままではご嫡男の信輔様が関白になる機会を失いまするぞ。
そうなればご摂家筆頭の近衛家の面目は立ちますまい。
今のわしなら、二条家から関白の座を取り戻すことができまする。
秀吉は大金を使い、すでに多くの公家や帝を味方につけていることを明かし、その上で、力を合わせて近衛家の手に「関白の座」を取り戻そうと持ちかけたのです。
さらに秀吉は、武士の頂点である将軍ではなく、天下のすべての人々を見渡すことのできる「関白」になりたいのだと、己の胸中を語ります。
その言葉を聞いた前久は、自らも力一つで世をのし上がる武士になりたかったこと、そしてそんな生き方をする秀吉が羨ましかったことを吐露し、ついにこの提案を受け入れました。
四国攻め
天正13年6月
ついに四国攻めの火蓋が切って落とされました。
羽柴秀長率いる5万もの大軍が阿波・讃岐・伊予の三方を攻めたてます。
長曾我部軍は、大量の船を見て、白地城に籠城を決め、自らの主力軍や重臣・谷忠兵衛(谷忠澄)を天然の要害である一宮城に残します。
ですが、羽柴方の猛攻撃の前に、各地の防衛戦は次々と崩壊していきました。
窮地に陥った一宮城では、切腹を覚悟する敵将・谷忠兵衛を秀長が制し、「元親との仲立ちをしてほしい」と頼みます。
その頃、秀吉から届いた書状には、
「今すぐ降伏すれば、土佐一国を安堵(保証)する」
という条件が記されていました。
しかし、元親は「降伏らあせぬ!」とこれを拒絶。
これにより、羽柴勢の間では「一気に総攻めへ打って出るべし」との機運が高まります。
それでもなお、長宗我部元親への総攻めをためらう秀長は、「何とかして説得したい」と周囲に語るのでした。
それを受け、京の秀吉のもとへは、「秀長の戦いを最後まで見届けてやってほしい」と、蜂須賀正勝が走ります。

関白になる…すごいのう。大したもんじゃ。
じゃがのう、わしにとっては、もっと大事なものがある。
その関白が、わしの惚れた男かどうかじゃ。

あと3日だけ待つ。
姫若子
阿波・白地城にて、谷忠兵衛は、主君・長宗我部元親の前に、かつて元親自身が身に着けていた女性物の着物を差し出します。
一宮城に残されていたその着物を、忠兵衛は秀長からだと告げました。
かつて、穏やかに笑い合っていた秀長と元親。
着物はその当時の、思い出の品でした。
忠兵衛は秀長の言葉を伝えます。

殿を説き伏せることができるがは、あの時の殿しかおらぬと。あれがまことの長曾我部元親ながじゃと。
元親の目から大粒の涙がこぼれ落ちます。
涙を流す主君に、忠兵衛は静かに降伏を促します。
誰よりも元親の優しさと、国を想う心を分かっている忠兵衛。
元親はその着物を着て、秀長のもとを訪れます。
天正13年7月11日妙顕寺城
秀吉はついに関白となることを認められました。
それは一介の小百姓が、この国の最高権力者へと上りつめた奇跡の瞬間でした。

