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小泉湊『ばけばけ』雨清水傳(堤真一)モデル|

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朝ドラ『ばけばけ』で、堤真一さん演じる雨清水傳の実在モデル・小泉湊さんについてご紹介いたします。

登場人物と実在モデル
松野トキモデル|小泉セツとその家族
ヘブンモデル|小泉八雲とその家族
松野フミ(池脇千鶴)モデル|稲垣トミ
松野司之介(岡部たかし)モデル|稲垣金十郎
山根銀二郎(寛一郎)モデル|前田為二
雨清水タエ(北川景子)モデル|小泉チエ
雨清水傳(堤真一)モデル|小泉湊
雨清水三之丞(板垣李光人)モデル|小泉藤三郎
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の母|ローザ・アントニウ・カシマチ
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の父|チャールズ・ブッシュ・ハーン
錦織友一(吉沢亮)モデル|西田千太郎
イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)モデル|エリザベス・ビスランド
「花田旅館」平太・ツル・ウメモデル|「冨田旅館」太平・ツネ・信
「松江新報」梶谷吾郎(岩崎う大)モデル|「山陰新聞」岡本金太郎
蛇と蛙(阿佐ヶ谷姉妹)モデル
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『ばけばけ』雨清水傳モデル|小泉湊とは

朝ドラ『ばけばけ』で堤真一さん扮する雨清水傳(うしみずでん)は、NHK公式サイトで次のように紹介されています。

松江藩に名をはせる上級武士で文武両道のエリートだった。 松江で知らない人はいないほどの人格者で、変わりゆく時代の中、多くの没落士族に手を差し伸べようと尽力する。 親戚のトキを幼い頃から可愛がっている。
(引用:NHK公式サイト)

実際の小泉湊さんはどのような人物だったのでしょうか。

小泉湊プロフィール

八代目 小泉弥右衛門湊(こいずみやえもんみなと)
(1837年〜1887年)

小泉湊さんは、小泉八雲さんの妻である小泉セツさんの実の父です。

家柄

【小泉家】
・代々出雲松江藩主・松平直政(家康の孫)に仕えた家柄
・三職「家老・中老・番頭」のうち「番頭」
・家禄300石
・当主は代々「弥右衛門やえもん」を名乗る

上士と呼ばれ、藩公へのお目見が許され、また、広く敬意の目で仰ぎ見られたもので、小泉家も、そうした由緒ある家の一つであった。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

小泉湊家族一覧

父 小泉岩苔 7代目弥右衛門
番頭(婿養子)
母 俗名不明 小泉真種の娘
妻 小泉チエ 塩見家長女
美人
長男 小泉氏太郎 駆け落ち
長女 小泉スエ 本多家養女
次男 小泉武松 早逝
次女 小泉セツ 稲垣家養女
後に復籍
三男 小泉藤三郎 後継
三之丞モデル
四男 小泉千代之助 岩見家養子
後に復籍
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『ばけばけ』雨清水傳モデル|小泉湊の生涯

松江藩に名を馳せる上級武士

小泉セツさんの父・小泉湊さんは、生まれた時の名は「俊秀」でした。「湊」と称したのは、明治維新以降になります。

代々松江藩主松平家に仕えた小泉家の8代目、まさに「松江藩に名を馳せる上級武士」の湊さん。

彼は小柄ながらも意識強固で、しかも覇気に富んだ侍であった。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

将来有望なお侍さんでした。

15歳で結婚

1851年、15歳で名家塩見増右衛門の「御家中一番御器量」の美人娘チエさんを妻に迎えています。

(11人の子をもうけ、5人が夭折)

武芸に秀でていた湊さんは
侍としての経歴も、1960年(23歳)「安政の大獄」で緊迫する京都に派遣されて松江藩の指揮をとったり、1866年(29歳)の長州戦争では、長州軍に鉄砲を浴びせ撃退するという武功をあげたりと、非凡なものでした。

軍の小隊長として号令をかける美声も評判だったとのこと。

小泉セツから見た父

セツさんが生まれた時、湊さんは31歳。
生後すぐに養女に出されたセツさんですが、

誰からもー幼いセツからですらー「えらい」と思われていたのが、「小泉様」であった。その男らしく度量の広い実父への敬愛は、セツが生涯抱き続けるものとなる。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

と、湊さんが尊敬できる自慢の父として慕っていたようです。

機織会社

「奮発家」と言われた湊さんは、年32石の家禄のうち20石を奉還して得た資金(680円)と公債(593円)を利用して、機織会社を設立し、社長として旧藩士の娘を集めて機を織らせます。

実の娘・セツさんも織り子として11歳から勤め始めます。

会社は最初こそ順調に推移し、反物は広く大阪方面まで売り出されましたが、全国的にも衰退を始めた機織り業界。

例に漏れず、湊さんが経営する会社も業績が悪化し、倒産してしまいます。

病とセツさんの看病

湊さんはリウマチ(免疫異常によって関節や臓器に炎症が起こる病気)を患い、娘のセツさんが人の世話の苦手な実母の代わりに看病します。

この時、伏せっている湊さんは

「ああ、おシェさん、ありがとう。お前には済まん」

と何度もセツさんに感謝の言葉をかけていたそうです。

最期

会社の倒産と病に加え、次男が亡くなり、嫡男氏太郎さんも没落した家族を捨てて出ていきました。

死の床にいて動けないほどだった湊さんは、突然立ち上がり、三男・藤三郎さんに

「おのれ、親不幸者め。そちの腐れ根性を打ちすえてくれるわ」と叫ぶとともに、滅多打ちに鞭を振るい出した。家中がその場に駆けつけて湊を抑え、寝床に連れ戻したが、病人は喘ぐ呼吸とともに肋骨を波立たせるのであった。彼の病勢はにわかに高じ、間もなく齢五十一歳で亡くなったのである。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

これは、セツさんが最初の結婚をした半年後の1987年のことでした。

湊さんの思慮と采配で借金から逃れ生活できていた小泉家は、ここから本当の転落が始まります。

役柄 実在モデル一覧
ヒロイン 小泉セツ
夫 小泉八雲
母 松野フミ(池脇千鶴)モデル|稲垣トミ
父 松野司之介(岡部たかし)モデル|稲垣金十郎
最初の夫 山根銀二郎(寛一郎)モデル|前田為二
実母 雨清水タエ(北川景子)モデル|小泉チエ
実父 雨清水傳(堤真一)モデル|小泉湊
実弟 雨清水三之丞(板垣李光人)モデル|小泉藤三郎
夫の母 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の母|ローザ・アントニウ・カシマチ
夫の父 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の父|チャールズ・ブッシュ・ハーン
夫の親友 錦織友一(吉沢亮)モデル|西田千太郎
夫の女友達 イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)モデル|エリザベス・ビスランド
夫の宿泊先 「花田旅館」平太・ツル・ウメモデル|「冨田旅館」太平・ツネ・信
夫を取材 「松江新報」梶谷吾郎(岩崎う大)モデル|「山陰新聞」岡本金太郎
蛇と蛙 蛇と蛙(阿佐ヶ谷姉妹)モデル
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