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小泉藤三郎『ばけばけ』雨清水三之丞(板垣李光人)モデル

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朝ドラ『ばけばけ』で、板垣李光人さん演じる雨清水三之丞(うしみずさんのじょう)の実在モデル・小泉藤三郎さんについてご紹介いたします。

 

登場人物と実在モデル
松野トキモデル|小泉セツとその家族
ヘブンモデル|小泉八雲とその家族
松野フミ(池脇千鶴)モデル|稲垣トミ
松野司之介(岡部たかし)モデル|稲垣金十郎
山根銀二郎(寛一郎)モデル|前田為二
雨清水タエ(北川景子)モデル|小泉チエ
雨清水傳(堤真一)モデル|小泉湊
雨清水三之丞(板垣李光人)モデル|小泉藤三郎
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の母|ローザ・アントニウ・カシマチ
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の父|チャールズ・ブッシュ・ハーン
錦織友一(吉沢亮)モデル|西田千太郎
イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)モデル|エリザベス・ビスランド
「花田旅館」平太・ツル・ウメモデル|「冨田旅館」太平・ツネ・信
「松江新報」梶谷吾郎(岩崎う大)モデル|「山陰新聞」岡本金太郎
蛇と蛙(阿佐ヶ谷姉妹)モデル
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『ばけばけ』雨清水三之丞モデル|小泉藤三郎とは

朝ドラ『ばけばけ』雨清水三之丞は、NHK公式サイトで次のように紹介されています。

雨清水家の三男でトキの2歳下。兄が家督を継ぐため自身は特に役目がない。 家の中に居場所がないため、トキたちの仕事場に入り浸っている。
(引用:NHK公式サイト)

実際の小泉藤三郎さんは、どのような人物だったのでしょうか。

小泉藤三郎プロフィール

小泉藤三郎
(1870年6月25日〜1916年)
小泉家三男
雨清水三之丞のモデル

小泉藤三郎さんは、小泉八雲さんの妻小泉セツさんの2歳下の弟です。

家柄

【小泉家】
・代々出雲松江藩主・松平直政(家康の孫)に仕えた家柄
・三職「家老・中老・番頭」のうち「番頭」
・家禄300石
・当主は代々「弥右衛門やえもん」を名乗る
・明治時代には士族

上士と呼ばれ、藩公へのお目見が許され、また、広く敬意の目で仰ぎ見られたもので、小泉家も、そうした由緒ある家の一つであった。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

家族一覧

父 小泉湊 8代目弥右衛門
番頭→繊維会社社長
母 小泉チエ 塩見家長女
美人
長兄 小泉氏太郎 駆け落ち
長姉 小泉スエ 本多家養女
次兄 小泉武松 早逝
次姉 小泉セツ 稲垣家養女
後に復籍
義兄 小泉八雲
(ラフカディオ・ハーン)
姉セツの夫
英語教師
ジャーナリスト
文筆家
本人 小泉藤三郎 三男、小泉家後継者
弟 小泉千代之助 岩見家養子
後に復籍
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『ばけばけ』雨清水三之丞モデル|小泉藤三郎の生涯

姉に小泉セツさんを持つ小泉藤三郎さんがどのような運命を辿ったのか、ご紹介いたします。

6人兄弟の5番目

1870年、明治のはじめに上級士族の家に生まれた小泉藤三郎さん。

父は、みずから興した繊維会社の初代社長。
母は、由緒正しき家柄の元お嬢様だった「奥方様」。

藤三郎さんは6人兄弟の5番目で、
12歳離れた嫡男小泉氏太郎さんを筆頭に、4人の兄姉がいました。

ただ、すぐ上の姉のセツさん(トキのモデル)は、藤三郎さんが生まれる前から格下の稲垣家の養女に入っており、生活を共にはしていません。

趣味は鳥の飼育

父は、武芸を磨くよりも読み書き算盤などに重きを置くことで、子供たちの将来、小泉家の未来に備えたいと考えていました。

三男ということでプレッシャーを感じず自由に過ごしてきたのでしょうか。
藤三郎さんはあまり学校に行かず、野山で鳥を捕まえては飼うことに夢中の毎日。

勉強好きで学校好きだったセツさんとは対照的ですね。

父の会社が倒産

そんな藤三郎さんに、転機が訪れます。

父の会社は最初こそ順調で、広く大阪方面まで反物を売り出していましたが、繊維業界全体が衰退を始めると、例に漏れず業績が悪化し、倒産してしまったのです。

突然、跡取りに

1885年(15歳)
4歳上の次兄・武松さんが19歳で亡くなり、小泉家の次期当主の長兄・氏太郎さんも町家の娘と駆け落ちをして行方知れずに。

藤三郎さんは、突然、小泉家の後継者となりました。

この時すでに小泉家は沈みゆく船でした。

父の死

1987年、藤三郎さん17歳の時のこと。

一年の内に、上の男の子二人を失った小泉家では、一家の支えとなるべき藤三郎が始末におえぬ男であることが分かったのである。彼は働こうとせず、日ごと野山に出掛けては小鳥を捕らえ、これに餌を与えて飼育するのに夢中で、果ては、南側の陽の当たる廊下が鳥籠で塞がれてしまうまでになった。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

リウマチを患い、寝床から動けないほどだった父・湊さんが、ある朝、突然立ち上がります。

「おのれ、親不幸者め。そちの腐れ根性を打ちすえてくれるわ」と叫ぶとともに、滅多打ちに鞭を振るい出した。家中がその場に駆けつけて湊を抑え、寝床に連れ戻したが、病人は喘ぐ呼吸とともに肋骨を波立たせるのであった。彼の病勢はにわかに高じ、間もなく齢五十一歳で亡くなったのである。
(引用『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

小泉家の行く末を考え、いてもたってもいられなくなったのでしょうか。

頼りになる父や兄たちはもういません。
母チエさんも姉スエさんもお姫様育ちで働くことなどできません。
ですが、藤三郎さんもまた、自身が一家を支える意識は低かったようです。

当時はセツさんが最初の結婚をした半年後。
セツさんの稲垣家も、小泉家同様、窮状に喘いでいた時期と重なります。

墓を売る

1896年
八雲さんとセツさんたち一家は、上京する前に松江の小泉家の墓参りをしようと、寺町の菩提寺・善導寺を訪ねています。
すると、あるべき場所に墓がなくなり、地面がくぼんでいました。

僧侶に問うと、藤三郎さんがかなり前にお墓を売ってしまったというではありませんか。

それからすぐ、セツさんは母チエさんに仕送りを始めますが、
母チエさんからセツさん宛てのお礼の手紙には、藤三郎さんがその仕送りで生活をしている事実がしたためられていました。

八雲に叱られる

小泉八雲さんセツさん夫妻に三男・清さんが生まれた半年後
1900年7月のある日。
藤三郎さん(30歳)が、突然、東京に住む姉夫婦の屋敷を訪ねます。

清の誕生から半年を経た七月、セツの実弟の藤三郎が姿を現す。セツは「絶交」していたにもかかわらず、渋々とーハーンに伏せてー書生部屋に寝起きさせた。
(引用:『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二)

先祖代々の墓を売ってしまったことで、セツさん夫婦から絶交されていたのですが、セツさんや女中、書生に匿われ、20日間書生部屋に滞在しました。
(当時は、小泉セツさんの従姉の息子の玉木光栄あきひでさんと秀才の新美資良にいみよりよしさんという書生が小泉家で暮らしていました。)

彼は別にこれと定まった目的があって上京したのではない。まず東京見物でもさせて貰って、それから何処か楽で割のよい就職口があったら世話してくれ、もしなければ東京が飽きるまでこゝに無条件で置いて貰いたい。飽きなければまず反永久的に……とはなはだ虫の好い頼みであった。
(引用:『父小泉八雲』小泉一雄)

セツさんの養父・金十郎さんが使っていた机を書生部屋に持ち込み、鏡や化粧品を並べた藤三郎さんは、壁に俳優や芸姑さんの写真を貼って過ごします。

そして時を構わず突如スッ頓狂な声色を使っては見得を切った。丁度その頃学期試験中にあった真面目な書生の新美君の如きは、この異端者の様な新しき闖入者のために少なからず閉口したらしかった。
(引用:『父小泉八雲』小泉一雄)
書生と言っても玉木光栄君は親戚なので彼のことを藤さんとよんだ。私も同じく藤さんとよんだ。律儀な新美君だけは彼を御舎弟と称した。ある時藤さんは私に「私が事を藤さんなどゝ呼ぶだないヨ。叔父さんといわにゃいかん」と註文を出した。
(引用:『父小泉八雲』小泉一雄)

”私”とは、八雲さんとセツさんの長男・一雄さん(当時6歳)のこと。

隠されていることに不満を持った藤三郎さんは、わざと小泉八雲さんの近くに来たり咳払いしたり詩吟を歌ったりと存在をアピールし始めます。
「あれ誰ですか?」と八雲さん。
「新美くんの友達です」などと誤魔化すセツさん。

八雲さんを怒らせたくないセツさんの気持ちとは裏腹に、藤三郎さんはある日八雲さんの前に姿を現し、挨拶をしました。

小禽屋をどうしたのかと尋ねる八雲さんに、藤三郎さんは割に合わないと答えます。
八雲さんから、俳優でも落語家でも何でもよいから努力して一流の者となるよう言われた藤三郎さんが口答えすると、八雲さんは顔面蒼白になり

「あなた武士の子です。先祖の墓食べるの鬼となりましょうよりは、なぜ墓の前で腹切りしませんでしたか? 日本人ないの日本人は私の親類でありません。さよなら、直ぐ帰りなさい!」
(引用『父小泉八雲』小泉一雄)

先祖の墓を売ったことを怒りました。

藤三郎さんは、その日のうちに家を出ていき、その後一度も顔を見せなかったということです。

最期

それから16年経った1916年。
小泉藤三郎さんは、本籍を置いている住所の近くの空き家で亡くなっているところを、遺体で発見されました。
45歳のことでした。

【参考文献】
『八雲の妻 小泉セツの生涯』長谷川洋二:潮出版社
『面白すぎて誰かに話したくなる小泉八雲とセツ』伊藤賀一:リベラル社
『妖怪に焦がれた男 小泉八雲大解剖』小泉凡監修:宝島社
『父小泉八雲』小泉一雄:小山書店

役柄 実在モデル一覧
ヒロイン 小泉セツ
夫 小泉八雲
母 松野フミ(池脇千鶴)モデル|稲垣トミ
父 松野司之介(岡部たかし)モデル|稲垣金十郎
最初の夫 山根銀二郎(寛一郎)モデル|前田為二
実母 雨清水タエ(北川景子)モデル|小泉チエ
実父 雨清水傳(堤真一)モデル|小泉湊
実弟 雨清水三之丞(板垣李光人)モデル|小泉藤三郎
夫の母 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の母|ローザ・アントニウ・カシマチ
夫の父 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の父|チャールズ・ブッシュ・ハーン
夫の親友 錦織友一(吉沢亮)モデル|西田千太郎
夫の女友達 イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)モデル|エリザベス・ビスランド
夫の宿泊先 「花田旅館」平太・ツル・ウメモデル|「冨田旅館」太平・ツネ・信
夫を取材 「松江新報」梶谷吾郎(岩崎う大)モデル|「山陰新聞」岡本金太郎
蛇と蛙 蛇と蛙(阿佐ヶ谷姉妹)モデル
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