「空飛ぶかにいくら」へようこそ!

【ネタバレ】2026年大河『豊臣兄弟!』第19話あらすじ「過去からの刺客」

スポンサーリンク
スポンサーリンク

2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』

第19話「過去からの刺客」

あらすじ

をご紹介しています。

お楽しみいただけると幸いです。

 

※ネタバレ含みます

第 1回 1月  4日 |二匹の猿
第 2回 1月11日 |願いの鐘
第 3回 1月18日 |決戦前夜
第 4回 1月25日 |桶狭間!
第 5回 2月  1日 |嘘から出た実
第 6回 2月15日 |兄弟の絆
第 7回 2月22日|決死の築城作戦
第 8回 3月  1日|墨俣一夜城
第 9回 3月  8日|竹中半兵衛という男
第10回3月15日|信長上洛

第11回 3月22日 |本圀寺の変
第12回 3月29日|小谷城の再会
第13回 4月  5日|疑惑の花嫁
第14回 4月12日|絶体絶命!
第15回 4月19日 |姉川大合戦
第16回 4月26日|覚悟の比叡山
第17回  5月  3日|小谷落城
第18回  5月10日|羽柴兄弟
第19回  5月17日|過去からの刺客
第20回 5月24日 |本物の平蜘蛛

第21回 5月31日 |風雲!竹田城

スポンサーリンク

大河ドラマ『豊臣兄弟!』第19話 あらすじ

安土城

織田信長(小栗旬)の進撃は、もはや誰にも止められません。
織田信忠(織田家嫡男:小関裕太)、織田信孝(織田家一門衆:結木滉星)、織田信澄(織田家一門衆:緒形敦)らを集めて宣言しました。

信長
信長

信忠、岩村城での武田との戦、見事であった。褒美としてお前に家督をやる。
今この時より、お前が織田家の当主じゃ。

信長は嫡男・信忠に家督を譲り、自らは「天下布武」の象徴として、前代未聞の地上6階建ての巨大城郭・安土あづち城の築城に着手。

天正4年1月。
琵琶湖のほとり、高く積み上げられる石垣。
山全体が要塞へと変わりゆきます。
それは、既存の秩序が崩壊し、新たな神が降臨したことを世に知らしめるようでした。

豪姫

子に恵まれなかった羽柴秀吉(池松壮亮)とねね(浜辺美波)は、信長の勧めにより、前田利家(大東駿介)とまつ(菅井友香)の四女・豪姫を養女として迎えました。

勝家vs秀吉

一方、北陸の空は重く、暗い雲に覆われていました。

天正5年。
織田軍は、能登国の七尾城からの救援の願いを受けて、4万の軍勢を差し向けます。
「越後の竜」上杉軍を食い止めるべく派遣された織田軍の総大将は、「鬼の柴田」の異名を持つ宿老・柴田勝家(山口馬木也)。
ですが、柴田勝家は、七尾城はすでに陥落している、罠かもしれない、という秀吉の報告を信用できません。

慶の疑惑

そんななか、ちか(吉岡里帆)に、不穏な疑いがかけられました。
小一郎(仲野太賀)は、藤堂高虎(佳久創)から慶が侍と密通していると聞かされます。
百姓の身なりをしているものの、他国の武将の間者ではないかと疑う高虎。
一抹の不安がよぎる小一郎は慶を問いただしますが、翌朝、慶は姿を消してしまいました。

慶の子・与一郎

小一郎のもとへ現れたくだんの男、村川竹之助(足立英)。

慶様をお救いください!

小一郎は、動揺を押し殺し、慶が密かに通い詰めている、近江と美濃の国境、長浜から歩いて半日ほどの宝久寺村へと向かいます。

そこには慶によく似た少年・与一郎(高木波瑠)の姿がありました。
与一郎は、慶と前夫・堀池頼広との子どもでした。

頼広様のお父上・頼昌様は、織田に寝返った安藤守就の娘であるお慶様を決して許そうとなさらず、家から追い出し、与一郎様と引き離しました。
だからお慶様は、私を通じて密かに与一郎様を見守ってこられたのです。

与一郎を養子に

仇・織田への怨みを刷り込まれ育つ与一郎。
与一郎を養子にと懇願する小一郎ですが、祖父・頼昌(奥田瑛二)と祖母・絹(麻生祐未)が受け入れるはずはありません。
慶の体に残る刀傷は、かつて与一郎を連れて行こうとした際、頼昌から受けた傷だったのです。

話を聞いた慶は、小一郎に激怒。

なぜあの子をお主の跡目にせねばならんのじゃ!

小一郎は、亡き直(白石聖)との話を聞かせ、愛する者の後を追えない気持ちを共有し、その痛みに気づけなかったことを謝罪。
「もっとわしを頼ってちょ」と慶に話します。
心を開き、与一郎と一緒にいたいと本音を打ち明ける慶。

またしても慶を斬ろうとする頼昌。
それを止めたのは与一郎でした。

ですが、実は頼昌は、慶を斬ったあの日から刀が抜けなくなっていたのです。
夫婦は息子を亡くした悲しみから立ち直ろうと、与一郎を小一郎に託し、歩み始めます。

与一郎
与一郎は、秀長と正室(慈雲院)の実子(唯一の男子)だと伝えられています。不明な点が多く、1582年(天正10年)に秀長が仙丸を養子にとった時にはすでに早逝していたと思われます。
与一郎という名が幼名ではない点から、元服した後に亡くなったと考えられます。
織田信澄(おだ のぶずみ / 津田信澄)
織田信長の同母弟である織田信勝(信行)の長男として生まれた信澄。織田一門の庶流として、一時期「津田」の苗字を名乗っています。
父・信勝は、信長に対して二度にわたり謀反を起こし、信長によって暗殺(処刑)されています。
父の死後、幼かった信澄は信長の命令により、織田家の重臣である柴田勝家に預けられて成長。
信長は、信澄を一門衆の有力な若手武将として重用し、琵琶湖の要衝である大溝城(滋賀県高島市)の城主としました。
信長の次男・信雄や三男・信孝らと同等の扱いを受け、各地の戦線で輝かしい軍功を挙げた信澄。
1582年、信澄は四国征伐に向かう織田信孝の副将として、大坂の住吉に布陣していました。しかし、ここで運命の「本能寺の変」が勃発。信澄の正室は、信長を討った明智光秀の娘。光秀の娘婿であったことから、「信澄も光秀と裏でつながっているのではないか」という根拠のない疑いをかけられます。
疑心暗鬼になった総大将の織田信孝や丹羽長秀らに大坂城で襲撃され、本能寺の変からわずか数日後に、身の潔白を証明できないまま殺害されるという最期を遂げました。

前回のあらすじ

次回のあらすじ

あらすじ一覧

 

タイトルとURLをコピーしました