2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
第25話「 変事の予兆」
あらすじ
をご紹介しています。
有名な「佐久間・林らの粛清(追放劇)」。
豪華絢爛な安土城の完成祝いという華やかな表舞台から、一転して凍りつくような恐怖へと突き落とされる、信長ならではの「予測不能さ」が描かれます。
お楽しみいただけると幸いです。
※ネタバレ含みます
第 1回 1月 4日 |二匹の猿
第 2回 1月11日 |願いの鐘
第 3回 1月18日 |決戦前夜
第 4回 1月25日 |桶狭間!
第 5回 2月 1日 |嘘から出た実
第 6回 2月15日 |兄弟の絆
第 7回 2月22日|決死の築城作戦
第 8回 3月 1日|墨俣一夜城
第 9回 3月 8日|竹中半兵衛という男
第10回3月15日|信長上洛
第11回 3月22日 |本圀寺の変
第12回 3月29日|小谷城の再会
第13回 4月 5日|疑惑の花嫁
第14回 4月12日|絶体絶命!
第15回 4月19日 |姉川大合戦
第16回 4月26日|覚悟の比叡山
第17回 5月 3日|小谷落城
第18回 5月10日|羽柴兄弟!
第19回 5月17日|過去からの刺客
第20回 5月24日 |本物の平蜘蛛
第21回 5月31日 |風雲!竹田城
第22回 6月 7日 |播磨大誤算
第23回 6月14日 |さらば半兵衛
第24回 6月21日 |軍師官兵衛!
第25回 6月28日 |変事の予兆
第26回 7月 5日 |信長を笑わせろ!
第27回 7月12日 |本能寺の変
第28回 7月19日 |急げ!秀吉
第29回 7月26日 |天下への道
第30回 8月 2日 |清須会議
第31回 8月 9日 |これで、お別れにございます
第32回 8月16日 |賤ケ岳の決闘
第33回 8月23日 |市の最期
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第25話 あらすじ

天下統一へ
播磨平定と時を同じくして、織田信長(小栗旬)は本願寺との和睦を成立させ、ついに畿内を制し、天下統一へ近づきます。
その頃、秀吉は蜂須賀正勝を西播磨の龍野城城主に任命。
15年前、秀吉(池松壮亮)に「城主にする」という約束が果たされ感無量の蜂須賀正勝(高橋努)は、改めて秀吉に忠誠を誓います。
安土城完成の宴
1580年(天正8年)
天下の耳目を集めた織田信長の新たな巨城・安土城が、ついにその壮麗な姿を現しました。
黄金に輝く天主(天守)のもと、華々しく催された完成の祝宴。
能に興じる信長、あふれる酒、笑顔の家臣たち。
誰もが織田家の栄華に酔いしれるなか、秀吉は小一郎(仲野太賀)に耳打ちをしました。

わしはこの城よりも、信澄様こそが上様の大きさを示す証だと思うとる。
秀吉は信澄の生い立ちを語り始めます。
信澄はかつて兄・信長に謀反を起こし討たれた弟・信勝の遺児であり、本来なら信勝とともに殺されてもおかしくはありませんでした。ですが、信長は幼い信澄を助け、柴田勝家に預けて育てあげました。信澄は今では明智光秀の娘を妻に迎え、誰からも慕われているのだと言います。
織田信長の同母弟である織田信勝(信行)の長男・信澄。
父・信勝は、信長に対して二度にわたり謀反を起こし、信長によって暗殺(処刑)されています。父の死後、幼かった信澄は信長の命令により、織田家の重臣・柴田勝家に預けられて成長。
信長は、信澄を重用し、琵琶湖の要衝・大溝城(滋賀県高島市)の城主としました。信長の次男・信雄や三男・信孝らと同等の扱いを受け、各地の戦線で輝かしい軍功を挙げています。
1582年、信澄は四国征伐に向かう織田信孝の副将として、大坂の住吉に布陣していました。しかし、ここで運命の「本能寺の変」が勃発。信澄の正室は、信長を討った明智光秀の娘。光秀の娘婿であったことから、「信澄も光秀と裏でつながっているのではないか」という疑いをかけられます。
疑心暗鬼になった総大将の織田信孝や丹羽長秀らに大坂城で襲撃され、本能寺の変からわずか数日後に、身の潔白を証明できないまま殺害されるという最期を遂げました。
相撲
能が終わると、仕手を務めた土佐の国主・長曾我部元親が四国の切り取り(領土を奪うこと)が順調に進んでいると報告。
信長はおもむろに

皆で相撲を取れ。
と提案します。
場がにわかに活気づくなか、信長は若く血気盛んな近習・森乱(森蘭丸:市川團子)の対戦相手として、なぜか林秀貞(諏訪太朗)、佐久間信盛(菅原大吉)、安藤守就(田中哲司)という、織田家を長年支え続けてきた長老格の重臣たちを次々と指名したのです。
重臣の敗北、追放
一同が「めでたい席の悪ふざけ」と高を括るなか、勝負が始まります。
しかし、寄る年波には勝てず、若者の勢いに押された林秀貞はあえなく敗北を喫してしまいました。
次の瞬間、祝宴の熱気がまたたく間に凍りつきます。

失せよ。
一族もろとも消えよ、と命じる信長の瞳からは、一切の笑みが消えていました。
続いて、佐久間信盛、安藤守就も敗北。
なんと信長は、ただの余興のはずだったこの勝負を理由に、問答無用で「織田家からの追放」を三人に言い渡したのです。
昨日までの功臣が、一瞬にしてすべてを剥ぎ取られる――。
あまりにも理不尽な仕打ちに、満座の家臣たちは震え上がりました。
信長の真意
「なぜ、長年尽くしてきた宿老たちをこれほど無慈悲に……」
信長の真意が分からず、背筋に冷たいものを感じながら理由を探る小一郎と秀吉。
困惑する二人に、明智光秀(要潤)が、信長が胸の奥に秘めた本音を語り始めます。
佐久間信盛は本願寺と、林秀貞、安藤守就は武田と内通していた疑いがあり、この場を仕組んだというのです。
「先年信長公御迷惑の折節、野心を含み申すの故なり」
(先年、信長公が苦闘を重ねていた折、それに乗じて野心を含んだためだった)
と記されているだけで詳細は不明です。
安藤守就、去る
その後、佐久間信盛は高野山に入り、林秀貞は山城に流れて2ヶ月後にこの世を去り、疑惑を否定していた安藤守就は、息子・安藤定治が武田と通じていたことを突き止めます。
織田家に仕えて以来、果てしなく続く戦の毎日に心も体も疲れ果ててしまった安藤定治は「この先に、本当に素晴らしい世など訪れるのだろうか」と、胸の奥に燻る深い絶望を父へと吐露します。
小一郎と秀吉は、戦や政の世界からきっぱりと退けば、上様もきっと許してくださるはずだと説き、小一郎は一緒に暮らそうと義父に提案しました。
しかし、父・安藤守就の決意は揺らぎません。羽柴家に多大な迷惑がかかることを恐れた守就は、静かに屋敷を去る覚悟を決めます。
まだ夜も明けきらぬ薄暗がりのなか、荷物をまとめた守就の前に、小一郎と慶が駆けつけました。
必死の思いで引き止めようと言葉を尽くしますが、守就の固い決意を覆すことはできません。
息子・定治の深い苦悩に、これまで気づいてやれなかった己の落ち度を悔やみながら、守就は夜明けの静寂の中、羽柴家を後にしました。
美濃三人衆の1人・安藤守就の息子は、嫡男・安藤定治が知られています。
1582年(天正10年)6月2日、本能寺の変で信長が明智光秀により討たれると、安藤守就は定治と共に挙兵して北方城を奪い、再起を試みましたが、当時の北方城の領主・稲葉一鉄(良通)に攻められ敗北。
6月8日、一族共に自害し、美濃安藤氏は滅亡しました。
馬揃えと長曾我部元親
1581年(天正9年)2月
京の街を埋め尽くす歓声と、大地を揺らす蹄の音。
織田信長は大規模な「馬揃え(騎馬のパレード)」を敢行し、その圧倒的な威信を天下に誇示します。
見物する小一郎の前に、鮮やかな女物の装束を纏った男が現れました。
長曾我部元親です。
小一郎が息をのむと、元親は親しげに微笑みます。
幼い頃から『姫和子』と呼ばれて育ち、どうにもこの姿の方が落ち着くのだと語る元親。そして、自らが四国を平定したあかつきには、土佐の極上の魚を馳走しようと小一郎に約束しました。
ところが、ほどなくして、信長は明智光秀を鋭く呼びつけ、元親による四国の切り取りは認めないと言い渡したのです。
昨日までの盟約を覆す青天の霹靂に、光秀は激しい衝撃を受け、困惑を隠せません。

気が変わったのじゃ。うまく説き伏せよ
残された明智光秀の胸に渦巻くのは、あまりにも理不尽な主君の命への怒りと、抗えぬ悔しさでした。

