2026年NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』
第22話「播磨大誤算 」
あらすじ
をご紹介しています。
お楽しみいただけると幸いです。
※ネタバレ含みます
第 1回 1月 4日 |二匹の猿
第 2回 1月11日 |願いの鐘
第 3回 1月18日 |決戦前夜
第 4回 1月25日 |桶狭間!
第 5回 2月 1日 |嘘から出た実
第 6回 2月15日 |兄弟の絆
第 7回 2月22日|決死の築城作戦
第 8回 3月 1日|墨俣一夜城
第 9回 3月 8日|竹中半兵衛という男
第10回3月15日|信長上洛
第11回 3月22日 |本圀寺の変
第12回 3月29日|小谷城の再会
第13回 4月 5日|疑惑の花嫁
第14回 4月12日|絶体絶命!
第15回 4月19日 |姉川大合戦
第16回 4月26日|覚悟の比叡山
第17回 5月 3日|小谷落城
第18回 5月10日|羽柴兄弟!
第19回 5月17日|過去からの刺客
第20回 5月24日 |本物の平蜘蛛
第21回 5月31日 |風雲!竹田城
第22回 6月 7日 |播磨大誤算
第23回 6月14日 |さらば半兵衛
第24回 6月21日 |軍師官兵衛!
第25回 6月28日 |変事の予兆
第26回 7月 5日 |信長を笑わせろ!
第27回 7月12日 |本能寺の変
第28回 7月19日 |急げ!秀吉
第29回 7月26日 |天下への道
第30回 8月 2日 |清須会議
第31回 8月 9日 |これで、お別れにございます
第32回 8月16日 |賤ケ岳の決闘
第33回 8月23日 |市の最期
大河ドラマ『豊臣兄弟!』第22話 あらすじ

噂の真相
上月城を落とし、一度は播磨を手中に収めたかに見えた羽柴秀吉(池松壮亮)。
しかし、世間にはおぞましい噂が駆け巡っていました。
「上月城の者は、女子供に至るまで一人残らず惨殺され、毛利との国境に晒された」――。
この残虐な噂に驚愕した小一郎(仲野太賀)は、すぐさま兄の元へと詰め寄り、真相を問い詰めます。
そこで秀吉が明かしたのは、意外な事実でした。
実は、秀吉たちが城に入った時、城内の者たちは全員すでに自害していたというのです。おとなしく降伏すれば命を助けると持ちかけていた秀吉は、驚きます。
さらに驚くことに、亡骸を丁重に葬ろうとした秀吉に、天才軍師・竹中半兵衛(菅田将暉)が口を開き、あえて自分たちが虐殺を働いたかのように見せかけるという策を伝授したのでした。

兵どもの首はことごとく落とし、おなごの骸は納屋に押し込んで火をつけるのです。
子供たちは串刺しにし、毛利方との国境にさらしましょう。
せっかくの屍の山、我らに逆らった者は皆こうなると見せしめにするのです。
すべては敵の戦意を挫くため――。秀吉は、己が鬼の泥を被ることで一日でも早くこの泥沼の戦を終わらせられるのならと、半兵衛の策に身を委ねたのだと語りました。
半兵衛と官兵衛
しかし、黒田官兵衛(倉悠貴)は納得せず、「かえって人々の怨みを募らせ、敵を結束させるだけでは」と苦言を呈します。
すると、半兵衛は官兵衛の肚の底を見透かすように、

なぜ毛利ではなく我らを選ばれたのじゃ?
と鋭く問いかけました。「今の織田には勢いがありまする。」と答える官兵衛に、半兵衛は言いました。

いい答えじゃ、実に曖昧で。
それこそが、今の播磨。
みな半信半疑のまま、それでもどちらかにつかねばならぬと、我らを選んだ者がほとんど。
厄介なのは明らかな敵ではなく腹の底が見えぬ国衆でござる。
四面楚歌
半兵衛の胸をざわつかせていた悪い予感は、的中してしまいます。
播磨の有力者、三木城主の別所長治(下川恭平)が織田を裏切り、突如として反旗を翻したのです。
さらに時を同じくして、毛利・宇喜多の大軍勢が上月城へ向かって進軍中との凶報が飛び込みます。一斉に牙をむき、包囲網を狭めてくる国衆たち。
秀吉陣営は、逃げ場のない四面楚歌へと突き落とされました。
援軍は来ない
「上月城を見捨てることなどできぬ」
秀吉は、尼子勝久(渡邉蒼)と山中幸盛(廣瀬友祐)が死守する上月城の救援を決断。すぐさま織田信長(小栗旬)へ援軍を乞う使者を走らせ、小一郎に三木城への進軍を命じました。
決死の覚悟で高倉山に陣を敷き、毛利の大軍を睨みつけながら信長の援軍を今か今かと待ちわびる秀吉。
しかし、待てど暮らせど織田の兵は現れません。
信長は、今叩くべきは上月城ではなく、別所の籠る三木城であると、上月城を切り捨てたのです。
本陣で孤立した秀吉の脳裏に、かつて「毛利に滅ぼされた我が国を興したい、恨みを晴らしたい」と涙を流して自分を頼ってきた尼子勝久と山中幸盛の顔がありありと浮かびます。

人の世は夢のまた夢 これ一定
楽しきも醒めやることも これ一定
(人の世が夢のまた夢であるというのは、間違いなく確実なことだ。それが楽しいというのも絶対に本当だし、いつか夢から覚めてしまう(死んでしまう)というのもこれまた絶対に避けられない確実な事実なのだ)
見捨てるわけにはいかない、しかし、これ以上は全軍が全滅する――。
半兵衛の思い
秀吉が苦悩するなか、半兵衛は官兵衛を囲碁に誘い、言いました。

官兵衛殿。
我らの味方になっていただきたい。
わしがそなたなら、織田でも毛利でもなく自らが勝ち進む道を選びまする。
わしがそなたなら、まずは織田に味方し、その後ろ盾を得てかねてより縛られていた主家の小寺を見限りまする。
わしがそなたなら、そのまま織田に加勢して毛利を弱らせ、最もうまくいく機を見計って織田をも裏切る。
双方弱らせたところで最後は己れがのし上がる。
わしがそなたなら、それが一番面白い。
雷鳴が響き、大粒の雨が叩きつけたその時、心身ともに限界を迎えていた半兵衛が、突然その場に倒れ伏しました。
苦渋の選択
無念に顔を歪めて泥まみれの地面にうずくまり、上月城に向かって土下座する秀吉。
見殺しにする仲間への断腸の思いを抱え、秀吉は「撤退」というあまりにも辛く、苦渋の決断を下すしかありませんでした。
| 尼子勝久 (渡邉蒼) |
毛利家の侵攻により幼少期に出家 還俗し、出雲の尼子氏再興に生涯をかけた |
| 山中幸盛 (廣瀬友祐) |
尼子家の忠臣 |
「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢」
(露のように儚く生まれ、露のように消えていく私の人生であったことよ。天下統一を成し遂げた浪速での栄華の日々も、振り返ってみれば、まさに夢のなかのまた夢のような、幻にすぎなかった)
ともリンクしています。
罪悪感
秀吉軍が退却したのち、尼子勝久は無念の切腹。
かつてお家再興を夢見て秀吉を頼った山中幸盛も、敵に捕らえられ、護送の道中に討ち取られてしまいました。
仲間を見殺しにした罪悪感と敗北感が、羽柴の将たちの胸に重く突き刺さります。
毛利と宇喜多は勢いに乗り、さらなる侵攻を開始。
秀吉軍はこれを何としても食い止めるため、播磨の峻険なる書写山にそびえる円教寺(えんぎょうじ)へと急ぎ退き、ここに決死の陣を構えました。
しかし、羽柴の柱石たる軍師・竹中半兵衛は、療養のために一足早く京の屋敷へと戻り、三木城の包囲を進めていた小一郎も、前線を抜け出して遅れて京へと合流します。
記憶喪失
ところが、半兵衛のため駆けつけた小一郎を待っていたのは、衝撃の事実でした。
大軍を率い、天下へ向かって突き進んでいた秀吉が、自らの名も、小一郎の顔も、これまでの戦いも、すべてを忘れてしまっていたのです。
上月城を退いて以来、秀吉は毎夜、見捨てた仲間たちの凄まじい悪夢にうなされ続けていたといいます。
押しつぶされそうな自責の念に苛まれ、暗闇の中を彷徨う秀吉は、ある夜、暗がりで足をふみ外し、激しく頭を打ちつけて倒れてしまったのでした。
集まった皆が必死に秀吉クイズを出題するも、秀吉の記憶が戻る気配は、一向にありません。
小一郎が秀吉の代わりを務めればいいと進言する官兵衛に、「今のは聞かなかったことにする」と小一郎。
荒木村重、ピンチ
時代はさらに不穏な狂気を孕んで動き出します。
摂津の荒木村重(トータス松本)が、安土城にて主君・織田信長から

(安土城の)出来上がった姿をお前にも見せたかったのう、残念じゃ。お主の家臣が毛利と内応しているという話を耳にした。
とにわかに謀反の疑いをかけられます。

では、その饅頭を食え。
手土産の饅頭を何個も何個も頬張る村重。
信長の張り詰めた殺気から逃れるように有岡城へと戻った村重は、だしに甘え、すぐさま自らの配下の中にいるはずの毛利への内通者を炙り出そうと躍起になっています。
ところが、重臣の高山右近(市川知宏)と中川清秀(須加尾由二)が村重の前に連れてきたのは、捕らえられた間者などではありませんでした。
それは、悠然と歩み寄る毛利の外交僧・安国寺恵瓊(あんこくじ えけい:立川談春)その人だったのです。

通じとったんは、お前らか?!
最も信頼していた右近たちが、すでに裏で毛利の手を握っていたという衝撃の裏切り。震える村重に対し、安国寺恵瓊は不敵な薄笑いを浮かべ、暗闇の中から這い出るように不気味に囁きかけるのでした。
「織田信長という男は一度疑いをかけた者をやすやすと許すようなお方であろうか。誤解されねばよいがのう。」
荒木村重、謀反
相変わらず記憶の戻らない秀吉の元に、母・なか(坂井真紀)がやってきました。我が子を心配し、手ずから作った食事を差し出すなか。受け取ろうとしたその瞬間、秀吉は耐え切れず、その場から飛び出していきました。
母の顔を見た時からすべての記憶を取り戻していた兄。
その震える背中に向かって、小一郎は真っ直ぐな言葉をぶつけました。

なかったことにはできんぞ!
一抜けたなんぞ許さんぞ!
と、円教寺の柱に自分の名を彫る小一郎。

これからも兄者には苦しいことが山ほどあるじゃろう。
その災いを、わしも半分引き受けてやるわ。

小一郎殿…

殿はやめい!
ふざける兄に小一郎の緊張の糸が解け、心の底からの安堵の笑みがこぼれ落ちました。
こうして、秀吉がようやく地獄の淵から生還し、二人は再び天下の険しき道へと力強く前を向きます。
しかし、復活の余韻に浸る間もなく、彼らの元へ地鳴りのような急報が飛び込んできます。
「荒木村重様、謀反にござりまする!」
播磨攻めの退路がすべて断たれることを意味する、最悪の知らせ。
新たなる激動の嵐が、立ち上がったばかりの秀吉と小一郎の前に、牙を剥いて立ちはだかりました。
書寫山 圓教寺(兵庫県姫路市)
兵庫県姫路市「書寫山 圓教寺」は天台宗の別格本山として平安時代の中期の性空上人によって開かれた古刹です。
「西の比叡山」とも称され、長きに渡り天皇や貴族、武将たちから信仰されてきました。
天正6年、秀吉は播磨平定のため本陣をこの地におきました。
書寫山の本堂は要塞と化し、およそ2万の兵が配置されたと言います。
現在、寺の宝物が納められてる食堂に、「羽柴小一郎」の文字が刻まれた柱が残されています。
秀吉の家来が掘った落書きであると伝えられています。
| 名称 | 書寫山 圓教寺 (Shoshazan Engyoji Temple) |
|---|---|
| 時間 | 8:30〜17:00 |
| 地図 | |
| 住所 | 〒671-2201 兵庫県姫路市書写2968 |
| アクセス | 姫路駅から神姫バスで25分「書写ロープウェイ」下車 書写駅 ロープウェイで4分 |
| 入場料 | 500円 |
| 詳細 | 公式サイト |
上月城(兵庫県佐用町)
「信長公記」や秀吉自身の文書によると、城内の家臣が降伏を申し出ましたが、秀吉はこれを許さず、十二月三日の総攻撃によりついに上月城は落城します。すべての城兵は斬首、また城内にいた二百余人のうち女性は磔、子どもは串刺しにされ国境に晒されるという凄惨な結末を迎えました。
(引用:「佐用町公式サイト」https://www.town.sayo.lg.jp/cms-sypher/www/info/detail.jsp?id=2236)
〒679-5523 兵庫県佐用郡佐用町上月
姫路城(兵庫県姫路市)

兵庫県姫路市に位置する姫路城は、南北朝時代に赤松氏によって築城されたとされます。
その後、山名氏→赤松氏→小寺氏→黒田氏と城主(城代)が移り変わり、
1577年(天正5年)秀吉による播磨攻めが始まると、姫路城を居城としていた黒田官兵衛(孝高)が、秀吉にその城を明け渡しました。
秀吉はそれを大いに喜び、拠点として3層の巨大な天守を築いたとされています。
その後、本能寺の変で信長の倒れ、山崎の戦いで明智光秀を、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を倒し、秀吉が天下の覇権を握ると、秀長は播磨、但馬に所領を得て、姫路城を居城としました。
約2年間秀長が治めた後、姫路城は秀吉の義理の兄(正室ねねの兄)木下家定の居城となり、さらに関ヶ原の戦いの後には、池田輝政がこの城に入ります。
池田輝政は、1601年(慶長6年)から姫路城の大改修を始め、1609年(慶長14年)には5重7階建ての壮大な連立式天守も完成しました。
現存する姫路城の遺構は、池田輝政以後築かれたもので、その後、「昭和の大修理」「平成の修理」などを経て現在も人気の美麗な名城として、国宝、世界遺産にも登録されています。

・美しさ
江戸初期から戦災に遭うことなく現在までよく保存されています。
「白鷺城」とも呼ばれる白亜の美しさが見どころの一つです。
・「ぬの門」
上に二重櫓が乗っている堂々とした門。
門をくぐる敵に石を落として攻撃する仕掛けも設けられています。
・「狭間」
城壁に設けられた穴で敵の様子を伺ったりやや鉄砲を打ったりしました。
姫路城の狭間は、丸、三角、四角など色々な形があります。
| 名称 | 姫路城 (Himeji Castle) |
|---|---|
| 時間 | 9:00〜16:00 |
| 地図 | |
| 住所 | 〒670-0012 兵庫県姫路市本町68 |
| アクセス | JR・山陽姫路駅北口から神姫バス「大手門前」下車徒歩5分 JR・山陽姫路駅から徒歩20分 |
| 入場料 | 1,000円 |
| 詳細 | 公式サイト |


