朝ドラ『風、薫る』
最終第26週(126話、127話、128話、129話、130話)
「道標(みちしるべ)」
あらすじをご紹介いたします。
いよいよ最終回。
予習をして『風、薫る』をもっと深く楽しみたい方
『風、薫る』を観る時間のない方
あらすじだけ知りたい方
そんなみなさまのお役に立てましたら、幸いです。
朝ドラ『風、薫る』第26週(126話、127話、128話、129話、130話)放送日

朝ドラ『風、薫る』最終第26週(126~130話)放送日は
2026年9月21日(月)〜2026年9月25日(金)
です。
朝ドラ『風、薫る』第26週(126話)あらすじ

特別講師
試験まで一ヶ月。
刻一刻と試験の日が迫り、ツヤたちは必死の覚悟で、勉強に打ち込んでいました。
そんな熱気あふれる京風看護婦会に、特別講師として医師の今井とトメが迎えられます。
教壇から見渡すツヤやセツたちの瞳は真剣そのもの。
蒸気消毒について、防疫について深い質問がなされます。
そのひたむきな熱意を感じた今井医師は、授業を終えると、りんに
「君も大いに悩むといい」
と声をかけました。
直美たちは、看護婦が命を懸けることの是非について話し合います。

自己犠牲の精神がなくても女が働ける職業の一つとして広まらないと、看護婦は増えないから。
柳生への依頼
そんな熱気あふれる日々の中、直美は意を決して走り出します。
柳生のもとへ駆け込み、

うちの生徒の実習を見に来ませんか?
看病婦としての経験は十分なのに、年齢制限で看護学校には入れず、この規則で看護婦にもなれなかった生徒の実習です。
柳生さん、多少の犠牲は仕方ないとおっしゃっていましたが、その多少の人たちを知っていただきたいんです。
と頼み込んだのです。
柳生の視察
柳生は、酒好きで身寄りのない遠藤のもとへ派遣されているツヤの様子を見にやってきます。
ツヤは、遠藤を「一緒に料理を作ろう」と誘い、柳生と遠藤が碁を打つ姿を見た直美は、「子どもたちに碁を教えてみてはどうか」と提案。
遠藤は、そのお節介に「助かっている」と感謝を口にします。
柳生の過去
その後、直美は柳生に、ツヤがのいきさつや、独学で11年もの歳月をかけて『Notes on Nursing(看護覚え書)』を読み込んできた並外れた努力について語りました。

柳生さんの引いた線の外側「多少」の中には、彼女のような人もいると知ってほしかったんです。
直美が、遠藤と自分が連れ合いを亡くした身であることを明かすと、柳生もチフスで妻を亡くした過去を語り

妻はただ水が清潔なら生きていた
と、やり切れない悔しさを滲ませます。
そして国力増強や人口増加、そして兵力向上のために働いていると語ります。
しかし、軍人の夫を失っている直美は、

柳生さんは軍人一人一人の命を『兵力』と言うんですね。人でなし
と言い放ちます。
朝ドラ『風、薫る』第26週(127話)最終週あらすじ
後進に伝える
一方、看護師を目指す生徒たちへ、どうやって看護を伝え、導けばよいのか——。ひとり静かに頭を抱えていたりん。
きっかけは、男爵夫人である佳枝の看護をしていた時のことです。
ひたむきに学ぶツヤから「患者のわずかな変化に気づくには、どうすればいいですか?」と尋ねられたものの、りんは言葉に詰まってしまい、うまく答えることができなかったのです。
「どうすれば伝わるのだろう……」
直美に相談してみるものの、自らの経験や感覚を「言葉」に落とし込む作業は一筋縄ではいきません。
りんは経験しながら現場で「看護の感覚」を掴んでほしいとツヤに伝えます。
寛太との別れ
寛太が派出看護婦会をやめ、大陸に渡ることにしたと別れの挨拶に来ました。

一緒に行くか

バカ言わないで
最後に直美が寛太の苗字を尋ね、2人は別れました。
朝ドラ『風、薫る』第26週(128話)最終週あらすじ
ツヤの壁
その頃、ツヤもまた壁にぶつかっていました。
自分なりに懸命に考え、看護を実践してみたものの、思うような結果が出ずに一人で深く悩んでいたのです。
その手探りの姿を見つめながら、りんと直美も、寄り添う方法を模索していました。
看護婦試験
そして、いよいよ迎えた試験の当日。
張り詰めた空気の中、りんと直美は、祈るような想いでツヤやセツの背中をそっと押し、見送り、

「下の者を教えるほうがよっぽど難しい。答えが出るのはずっと先。」
患者・山本辰治の言葉をそっとつぶやきます。
山本は、いつも大袈裟な嘘や出まかせばかりを言う「虚言癖のある患者」。実際には部下を持った経験などない一匹狼の庭師なのですが、さも自分が部下を育てた苦労を知っているかのように語ったこの“優しい嘘”は、思い詰めていた りんの心を大きく救う名言となりました。『風、薫る』あらすじ第14週「ウソと誠」
ツヤやセツは見事合格。
ヒデも駆けつけ、ツヤと手を取り合います。
シマケンの提案
回復したシマケンは、りんの手が声が引き戻してくれたと頭を下げ、言いました。

本を書いてみるのはどうですか?
看護についての本。
りんさんの看護は素晴らしい。
本に書けば同時に100人、1000人に伝えられる。
いつか僕らがいなくなっても、本は残る。
りんさんは行動で語る人だからね。
その本は後に続く人の「道標」になる。
楽しみにしてます。
お世話になりました。

お元気で

りんさんも
朝ドラ『風、薫る』第26週(129話)最終回あらすじ
看護の実用書
シマケンの言葉に背中を押されたりんは、那須にいた自分や父のような人達や、後に続く未来の看護師たちの道標になるような実用書を書きたいと直美に相談を持ちかけます。

いろんな人に助けてもらってきたから、私も返したい。
その熱い想いに心を動かされた直美は、賛同。
環も新聞に挿絵が掲載され一歩を踏み出すなか、直美は柳生のもとに駆けつけます。
和解とリターン
先日の発言を詫び、ツヤの合格報告と遠藤の件への礼を述べる直美。

今後とも、軽風看護婦会とはご懇意にお願いします
国全体を考える役人と、一人の看護婦。
直美には柳生の考えが完全には理解できないものの、目指す目的は同じはず。この縁を大事にしたい――直美はそう胸の内を明かします。

柳生さんは富国強兵を建前に、奉仕活動をしているように思います
そう前置きした上で、直美は柳生が赤痢に罹った際の看護のリターンとして看護学校の教本への推薦を依頼したのです。

リターンを得て奉仕をするのか。君は変わっているな
柳生はそう笑うと、社会保険の構想について語り始めます。
「今そこにあるもの」
男爵夫人とのやりとりのなかで「看護とは」という問いの答えについにたどり着いたりん。

「今、そこにあるもの」
患者さんが困っていて、看護婦が必要だと思えば、それは歌でも何でもすべて看護なんだと思う。だから答えは今、目の前にいる患者さんと看護婦の中にしかない。

看護とは「今そこにあるもの」…でもそれって今そこにいないと分からない。看護って分からないって言ってると同じじゃない?

分からないものは分からないままが誠実じゃない?

「分からなくても、好きでも嫌いでも、その命を尊重し手を差し出せる看護婦であれ。たとえどんな患者でも」

「その手を離さなければきっと…」

ダメダメそれじゃ本にならないし売れない。
じゃあさ、看護が「今そこにあるもの」なら、そういう看護をするにはどうしたらいいの?
りんの中にある看護を直美が引き出し、どんどん言語化していきます。
朝ドラ『風、薫る』第26週(130話)最終週あらすじ
『実践看護法』
時は流れ、ついに、りんが心血を注いで書き上げた看護の実用書『実践看護法』が、記念すべき発売日の朝を迎えました。
第一編
看護とは
看護婦の資格
看護婦の心得
看護婦の愼むべき事
病室の準備
病室の清潔法
病室の換気法
病室の温度
病床の造り方
病床の位置と付属品…
「看護とは何か」は書かれず、徹底した実用書・看護の辞書ともいえるものに出来上がりました。
多江
出版の喜びを分かち合おうと、華やいだ面持ちの多江が「恵風看護婦会」の門を叩きます。
多江は帝都医大病院での看護婦の賃上げ要求を通し、まさに今、看護婦の未来を切り拓いている最中でした。
シマケンと虎太郎
一方その頃、田之上屋へと道を急いでいたシマケンは、道中で出会った一組の母娘に、そっと『実践看護法』を手渡します。
向かう先に待っているのは、虎太郎です。
田之上屋で名物のクリームパンを頬張りながら、二人の温かい友情は今も変わらず続いています。
双六
その頃、環、明、安の三人は楽しげに双六に興じていました。
その盤面に描かれた職業には、女教師や電話交換手と並んで「看護婦」の文字があります。
そして、その双六のゴールは「おくさま」ではなく、「一家団欒」という新しい時代の幸せの形でした。
縁側には、穏やかな空気を纏った二人の姿。直美は、そろそろ自身の引退に思いを馳せています。

種、蒔けたかなあ?

どこからどんな芽がでてくるか

きっと花も咲くよ…お久しぶり
2人が起こした風はこの先遠くまで吹き続けるよ
どこからともなく真風が現れると、そこへ突然、日比谷のデモで怪我人が出たという報せが飛び込んできます。
その瞬間、二人は顔を見合わせ、目の前で困っている人々の声を救うため、力強く駆け出していきました。
エピローグ・引き継がれる看護
――それから、長い年月が流れた現代。
あの時の二人が蒔いた種は、しっかりと根を張り、現代の病院でテキパキと的確にケアをこなす二人の看護師へと受け継がれていました。
ある日のこと、病室の片隅で、二人は一足の靴を見つけます。
それは、ベッドに横たわる患者のもの。
「あの靴を履きたい。もう一度、風に吹かれて歩きたい」
患者の強い思いをしっかりと受け止めた二人は、医療チームに希望を真っ直ぐに伝えます。
医師の許可を得た場所は、空が広く見渡せる屋上庭園でした。
お気に入りの靴を履き、頬に心地よい風を受けながら、ゆっくりと一歩を踏み出すため、車椅子を押し、屋上庭園に向かう二人。
かつて直美とりんが起こした「風」は、今も形を変え、患者の願いを叶える優しい風となって、屋上庭園に確かに吹き抜けていました。
後進の育成と実践活動にすべてを捧げ続けた和さんでしたが、晩年は72歳で脳溢血に倒れ、不自由な体で2年間の闘病生活を送りました。
この間、最も多く見舞いに訪れたのが、月餅などで知られる新宿中村屋創業者となった相馬愛蔵さん(丸山忠蔵モデル)だったそうです。
相馬愛蔵さんは、早稲田入学前に疥癬に罹り入院した17歳の時から大関和さんと交流が続いていました。
和の自宅兼大関看護婦会に自動車でやってきては、枕元に座って思い出話をし、毎度、現在の一〇万円ほどにあたる紙幣を布団の下に押し込んで帰って行った。
(引用『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる)
と原案に描かれています。
1932(昭和7)年5月22日
大関和さんは74歳でその生涯を閉じました。
43歳で引退した鈴木雅さんは、体調を崩した息子・良一さんとともに、東京の小石川から京都の稲荷山、そして静岡の沼津へと居を移し、地域の人に看護を施しながら暮らしていたと考えられています。
沼津では娘のみつさんとお孫さんも加わり、にぎやかな暮らしとなりました。
1940年(昭和15年)6月、良一さんを亡くした2年後に、82歳で息を引き取りました。
それは、大関和さんが亡くなった8年後のことでした。
『風、薫る』直美モデル|鈴木雅
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| 登場人物と実在モデル |
| 大関和|一ノ瀬りんモデル |
| 大関和の家族・子孫 |
| 鈴木雅|大家直美モデル |
| 大関弾右衛門|一ノ瀬信右衛門モデル |
| 大関哲|一ノ瀬美津モデル |
| 大関釛|一ノ瀬安モデル |
| 大関復彦|大関和の弟 |
| 大関六郎|大関和の一人息子 |
| 大関心|一ノ瀬環モデル |
| 大関一郎|大関和の孫 |
| 大山捨松 |
| 木下尚江|横沢公介・シマケンモデル |
| 瀬尾原始|黒川勝治モデル |


